東洋思想

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東洋思想(とうようしそう、英語:eastern philosophy)とは、ヨーロッパから見た東洋すなわちアジアで生まれた思想を一緒くたに纏めた用語。中国思想、インド思想、イスラム思想など、日本哲学も含まれる。

インド思想

厳しい自然風土と錯綜した複雑な社会構造のもとで、古代インドでは生活の基本となる思想や学問が求められた。そこで生まれたのがヴェーダ(Veda)、ウパニシャッド(Upanisad)の思想である。『リグ・ヴェーダ』(Rg-Veda)は上天(deva)への讃歌集であり、そこでは、自然現象や抽象概念などが神格化されている。それらの諸神は、三界に配されており、祭祀の際には諸神の中の一神を勧請してきて現世的な利益をもとめることが行なわれていた。ヴェーダ経典にはブラーフマナ(Brahmana)という注釈書が作られ、さらに、ヴェーダ経典を集大成したウパニシャッドやアーラヌヤカによってより深化することとなった。そこでは、宇宙の根元をブラフマン(brahman)と呼び、それに対して人間に内在する原理をアートマン(atman)と名づけ、その二者が一体化した状態を求めることとなった。同時に、人間の行為の善悪の果報の原因を、前生の(karman)に求める輪廻の思想も発達した

中国思想

中国の思想の源流はシャーマニズムである。春秋戦国時代に、覇を争った諸侯のための政治思想として、儒家道家に代表される諸子百家が、それぞれ自説の優位性を諸侯に説いた。代以降、武帝の時代に国教的地位を獲得し、儒家思想から洗練されていった儒教と、道家の老荘思想を取り入れてはいるが、実際はの方士徐福のような不老長生を説く神仙思想から発展した道教が発達した。

また、後漢代に仏教が伝来し、六朝代に盛行した。この時期より、中国哲学は、三教を中心とした宗教思想として展開する。体系的な仏教の影響をうけ、代に、儒教は朱熹らによって体系的な哲学として再構成された。また道教もそれまでの民間宗教から官僚的ヒエラルキーと五行論に基づく理論性を発展させた。仏教自体も、道教的な非論理的傾向を吸収してインド仏教とは異質な中国仏教としての禅宗浄土教を生み出した。またそれは、最初は対立していた儒仏道の三教が、次第に融合していく過程でもある。

代には朱熹らの性即理に対して、心即理を説く王陽明陽明学が隆盛した。が、王陽明の主張を見ると、そこには禅宗の影響が非常に色濃いことは明白である。これら中国哲学・思想の特徴は、世俗性・実践性が強いことである。


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