東海道貨物線

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東海道本線 > 東海道貨物線
JR logo (east).svg 東海道貨物線
鶴見での東海道貨物線(トンネルに直行)と 高島線(左側)の分岐点
鶴見での東海道貨物線(トンネルに直行)と
高島線(左側)の分岐点
基本情報
通称 大汐線(浜松町駅 - 東京貨物ターミナル駅間)
羽沢線(鶴見駅 - 東戸塚駅間)
日本の旗 日本
所在地 東京都神奈川県
種類 普通鉄道在来線貨物線
起点 浜松町駅
終点 小田原駅
所有者 東日本旅客鉄道
運営者 東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者)
日本貨物鉄道(第二種鉄道事業者)
路線諸元
路線距離 (鉄道要覧より)
東海道本線
浜松町駅 - 浜川崎駅間 20.0 km
鶴見駅 - 八丁畷駅間 2.3 km
鶴見駅 - 東戸塚駅間 16.0 km
東戸塚駅 - 小田原駅間 47.2 km
南武線
八丁畷駅 - 浜川崎駅間 3.0 km
軌間 1,067 mm狭軌
線路数 全線複線
電化方式 直流1,500 V 架空電車線方式
路線図
TokaidoLineBranches Tokyo.png
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東海道貨物線(とうかいどうかもつせん)は、東京都港区浜松町駅神奈川県小田原市小田原駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線の通称である。東海道本線の貨物支線および複々線区間、南武線の貨物支線からなる。

概要[編集]

東海道本線の浜松町駅 - 東京貨物ターミナル駅 - 浜川崎駅間の貨物支線、南武線の浜川崎駅 - 八丁畷駅間の支線(浜川崎支線)、東海道本線の八丁畷駅 - 鶴見駅間、鶴見駅 - 横浜羽沢駅 - 東戸塚駅間の各貨物支線、および東海道本線の東戸塚駅 - 小田原駅間の本線で旅客線と並走する複線から成る貨物線の通称である。同じく東海道本線の貨物支線である品鶴線高島線も含めることもある。このうち浜松町駅 - 東京貨物ターミナル駅間には「大汐線」(おおしおせん、東京貨物ターミナル駅がある井埠頭とかつての貨物駅である留駅の頭文字をとった)の通称もある。また、現在ではあまり使用されない通称だが、以前は旧塩浜操 - 鶴見駅間を「鶴塩線」と呼んだ。

浜松町駅 - 東京貨物ターミナル駅間は、都営地下鉄大江戸線の工事に伴い休止されている。既に大江戸線の工事は完了しており、東京貨物ターミナル駅から田町駅付近までは東海道新幹線回送線に併設された複線や橋梁などが維持されているものの、田町駅 - 浜松町駅では単線が新幹線の脇で放置されている。浜松町付近では東京モノレール羽田空港線駅舎移転の関連で線路が撤去され(後に計画変更され駅舎移転は無くなった)、浜松町ビルディングの敷地と合わせてJR東日本・野村不動産NREG東芝不動産が共同で再開発する計画が発表されており、再開発地区と浜松町駅とを結ぶ歩行者専用道路として整備される予定である[1]

歴史[編集]

本節では、1914年大正3年)12月20日の東京駅開業に伴う、汐留駅(現・廃止) - 品川駅間の貨物支線開業[2][3]からの歴史・沿革を記述する。

大正期から戦前[編集]

1914年(大正3年)12月20日の東京駅開業に伴い、烏森駅を新橋駅に改称、それまでの新橋駅は、貨物専用駅の汐留駅(現・廃止)に改称[4]され、鉄道創業時(1872年(明治5年)10月14日の新橋駅)からの旧・旅客線は、単線で品川駅までの貨物専用の支線(汐留支線)となった[2][3][注 1]。大正時代中期になると貨物輸送量は空前の増加となり、1912年(明治45年・大正元年)度に約3,300万tであった年間全国貨物輸送量は、1926年(大正15年)度には約7,500万tと2倍以上に増加[5]、特に、明治末期から工業化と商業集積が始まった首都圏の貨物輸送量は爆発的に増加、首都圏貨物輸送体制の改善は国鉄の大きな課題となり、さらに、1923年(大正12年)9月1日の関東大震災発生の影響で、震災復興が加味されたため、大正時代前期に開業した田端操車場や品川操車場の他、昭和前期に東北貨物線などが整備された[6]。東海道貨物線関係においても、品川駅 - 横浜駅間で貨物線を腹付け平行にて客貨分離を計画したが、市街地化した東海道本線の線路端の用地確保が困難となり、なおかつ横浜地区の線路再構成や新鶴見操車場(現・新鶴見信号場)の建設も相まって通過地が大きく異なる別線を建設[6]、1929年(昭和4年)8月21日に品川駅 - 新鶴見操車場 - 鶴見駅間の支線が開業した[3][7][注 2]

一方横浜地区の線路再構成は、まず1915年(大正4年)12月30日に高島駅 - 程ヶ谷駅(現・保土ヶ谷駅、現名称は1931年(昭和6年)10月1日から)間が開業[9]、1917年(大正6年)6月17日に鶴見駅 - 高島駅間が開業[9]して、鶴見駅 - 程ヶ谷駅間における東海道本線の貨物列車のパイパスルートが完成した[10][注 3]。さらに、程ヶ谷駅から先は、1927年(昭和2年)8月から1928年(昭和3年)3月20日までに、段階的に貼り付け線増の形で、平塚駅まで貨物線が完成した[11][12]。その後、前述の支線の開業に伴い、鶴見駅 - 程ヶ谷駅間の線路増設が完成、鶴見駅 - 平塚駅間の貨物線が旅客線と完全分離され、同区間は複々線となり、汐留駅 - 平塚駅間の貨物線完全別線化が完了した[11]。それに伴い、1929年(昭和4年)9月16日に高島駅 - 程ヶ谷駅間が廃止[9][10]、これにより高島線は鶴見駅 - 高島駅間となった[注 4]

また、川崎地区においても貨物線が建設され、1918年(大正7年)5月1日に川崎駅 - 浜川崎駅間の貨物支線および浜川崎駅が開業[13][注 5]、1930年(昭和5年)3月25日に南武鉄道の支線(現・南武線浜川崎支線)尻手駅 - 浜川崎駅間が開業[14]、東海道貨物線とは八丁畷駅南方 - 浜川崎駅で単線並列となる。汐留駅周辺および東京都芝浦地区では、同年8月1日に汐留駅 - 芝浦駅間が開業[15]、1935年(昭和10年)2月11日に汐留駅 - 東京市場[注 6]駅間開業[15]、1943年(昭和18年)9月14日に小田操車場[注 7]を開設した[13]

なお、上記の状態は、戦後数十年間しばらく続いた。

戦後の線路増設[編集]

戦後の高度経済成長期に入ると大都市への人口集中が著しく、特に、首都圏においては、一層顕著であった。しかも、その人口集中は都心部で人口が減少し、都市周辺部および郊外に集中するという、いわゆるドーナツ化現象が顕著となり、その結果通勤距離および時間の延長や通勤需要の増大を招いた。これに対し、鉄道輸送力が追随できず、国電区間(現・電車特定区間)の混雑率は非常に高くなり「酷電」とまで称されるようになった[17]。そこで国鉄は、1957年(昭和32年)度からの第1次および1961年(昭和36年)度からの第2次5ヵ年計画を1964年(昭和39年)に打ち切り、1965年(昭和40年)度を初年度とする1971年(昭和46年)度までの7年間におよぶ第3次長期計画の一環として、混雑緩和と輸送力の増大を図るため、首都圏における通勤路線の輸送量増大プロジェクト「通勤五方面作戦」策定した[17]。この計画は、都市間旅客輸送、長距離貨物輸送とならび、大都市の通勤輸送増強が計画的に遂行されるようにしたもので、そのうちの都市近郊(東海道、中央、総武、常磐、東北)各線輸送力増強計画の一環として、東海道本線は東京駅 - 小田原駅間の線路増設を計画、その内容は、既に客貨分離されていた東京駅(汐留駅) - 平塚駅間の貨物線を小田原駅まで延長、東京駅 - 大船駅間における在来貨物線を旅客転用をさせて、東海道本線と横須賀線との別線化による系統別の路線分離であった[17][18]

前述の線路増設計画前の東京駅 - 小田原駅間線路は、東京駅(汐留駅) - 品川駅間が3複線(東海道・横須賀線、京浜東北線山手線)と単線の貨物線、品川駅 - 鶴見駅間が複々線(東海道・横須賀線、京浜東北線)と別線複線の貨物支線(品鶴線)、鶴見駅 - 横浜駅間が3複線(東海道・横須賀線、京浜東北線、貨物線)、横浜駅 - 平塚駅間が複々線(旅客線、貨物線)、平塚駅 - 小田原駅間が複線であった[19]

在来貨物線の鶴見駅 - 大船駅間のうち、鶴見駅 - 東戸塚駅間は、横浜駅付近の市街化が進み線増が困難なため、北方に迂回する貨物新線を建設することにした[20]。この新線は鶴見駅で、武蔵野貨物線・新鶴見方面または川崎貨物駅経由東京貨物ターミナル駅方面からの線路と合流、根岸線方面への貨物線(高島線)と京急本線生麦駅付近で分岐、そこからトンネルに入り横浜線大口駅付近、相鉄本線上星川駅付近を経て貨物専用の横浜羽沢駅へ至り、その先は、長大トンネルで保土ケ谷の丘陵地帯を抜け東戸塚駅で旅客線と合流する[21]。東戸塚駅 - 大船駅間は旅客線に沿って新たに貨物用の複線を敷設、東海道線列車用・横須賀線電車用と併せて三複線とした[22]。これら貨物新線の建設は、汐留駅 - 塩浜操車場(現・川崎貨物駅) - 鶴見駅 - 小田原駅間の新たな貨物ルートを構成するものであった。

貨物新線建設の反対運動[編集]

(本節全体の出典…[23][24][25]。)

1966年(昭和41年)4月に東海道本線東京駅 - 小田原駅間線路増設工事を国鉄理事会で決定、同年5月に工事実施計画の認可が下りたことで、国鉄は用地買収着手のため、貨物新線建設の計画を発表した。ところが、突然発表された建設計画は、恩恵を直接受けない横浜市神奈川区保土ケ谷区などの貨物新線沿線住民の一斉の反発を招き、各地で貨物線建設反対運動を起した。この反対運動は、国鉄側が地元の意見も聞かずに、一方的にルートを決めたことへの反発と沿線の丘陵地帯を長大トンネルで通したとしても、住宅も多く騒音や振動の影響への警戒感から起こしたもので、住民側は、同年9月11日に「篠原菊名地区貨物線反対期成同盟」が、1967年(昭和42年)5月23日に保土ケ谷区上星川地区でも反対同盟が結成され反対運動が各地に波及、同年6月10日「横浜新貨物線反対同盟連合協議会」を結成して、各地の反対運動の連携を図ることになった。これら反対運動の影響で、国鉄は用地買収に着手できず、住民説明会や測量も行うことができなかった[注 8]。しかし、住民側が国鉄との交渉を続けていくうちに、絶対反対から条件闘争へと転換する地区も現れて、1969年(昭和44年)6月に上星川地区が反対同盟連合から脱退、同年横浜市は貨物線建設は通勤輸送緩和のためやむを得ないとして、国鉄に十分な騒音・振動対策を求めたが、それでも納得のいかない一部住民は強硬に反対、測量を始めた工事関係者と衝突、測量を中止に追い込んだ。1970年(昭和45年)3月6日に横浜市議会が反対請願を不採用とする決議を採択、これにより住民側の反対運動の体勢は条件闘争へと向かうが、建設反対強硬派の一部住民とは数年間にわたり双方のにらみ合いが続いた。

国鉄は、依然として強硬に反対する一部住民と条件闘争派とは分けて強く対応することにし、1970年2月17日に土地収用法による事業認定を申請、それに対し反対同盟連合は事業認定の前提となる縦覧の阻止闘争などを続けた。しかし、1972年(昭和47年)3月になると建設反対強硬派が集まる鶴見区や神奈川区の一部住民が反対同盟連合から脱退、条件派の貨物線公害対策協議会を結成、事実上反対同盟連合は分裂した。これにより、同年には国鉄と条件付き賛成派が建設に合意、ほぼ全線で着工されたが、横浜線との交差付近の500mの区間の住民は最後まで強硬に反対していた。これに対し、1974年(昭和49年)7月17日に建設大臣(当時)による土地収用法に基づく事業認定の公示があり、絶対反対の地区に対しては土地収用法が適用され、1978年(昭和53年)6月3日には神奈川県収用委員会は収用の裁決を下し、その地区は強制収用された。1976年(昭和51年)3月までにこの区間を除き建設工事は終了していたが、最後まで残ったこの区間を突貫工事で約半年で完成させ、1979年(昭和54年)10月1日のダイヤ改正から新貨物線の使用を開始した。この新線は、トンネルが多く、横浜線などの交差部分などで地上に出ても、防音壁で覆われた構造となっている。そのため、この貨物線の沿線住民は、建設当初は反対運動を起こしたものの、開業後はその存在を認識していない住民も多くなった[26]

貨物新線開業から民営化直前まで[編集]

民営化後[編集]

年表[編集]

  • 1914年大正3年)12月20日 東京駅開業に伴い、汐留駅(新橋駅から改称) - 品川駅間(3.1M≒4.99km)が東海道本線の貨物支線(単線)となる。
  • 1918年(大正7年)5月1日 貨物支線 川崎 - 浜川崎間(2.7M≒4.35km)が開業。浜川崎駅開業。
  • 1927年昭和2年) - 1929年(昭和4年) 鶴見 - 横浜間6線化、横浜 - 平塚間複々線化により貨客分離。
  • 1930年(昭和5年)
    • 3月25日 南武鉄道支線(現在の南武線浜川崎支線)開業。八丁畷駅南方 - 浜川崎駅で単線並列となる。
    • 4月1日 マイル表示からメートル表示に変更(品川 - 汐留間 3.1M→4.9km、川崎 - 浜川崎間 2.7M→4.1km)
    • 8月1日 汐留 - 芝浦間開業
  • 1935年(昭和10年)2月11日 汐留 - 東京市場間開業
  • 1943年(昭和18年)9月14日 川崎 - 浜川崎間に小田操車場を開設
  • 1964年(昭和39年)
    • 3月25日 川崎 - 浜川崎間の貨物支線を延伸する形で、浜川崎 - 塩浜操間 (4.9km) が開業。塩浜操駅開業
    • 6月21日 浜川崎 - 塩浜操間が電化。以降の開業区間は電化開業
  • 1966年(昭和41年) 国鉄が横浜駅を迂回する鶴見 - 戸塚間の貨物専用線建設を発表。以後、生活環境の悪化を危惧した沿線住民が強硬な反対運動を展開
  • 1973年(昭和48年)10月1日 汐留 - 東京貨物ターミナル - 塩浜操間 (16.5km) が開業。東京貨物ターミナル駅が開業。塩浜操 - 浜川崎間改キロ (-0.1km)。川崎 - 浜川崎間 (4.1km) が廃止され、貨物列車は南武線の浜川崎 - 尻手 - 新鶴見操車場を経由するようになる(尻手 - 新鶴見操車場は以前から存在していたが正式に扱われる)。
  • 1976年(昭和51年)3月1日 浜川崎 - 鶴見間 (5.3km) が開業(途中駅なし。物理的には当時から浜川崎 - 川崎新町間で南武支線と線路を共用していた)。塩浜操 - 浜川崎間改キロ (+0.5km)
  • 1979年(昭和54年)10月1日 鶴見 - 横浜羽沢 - 戸塚間 (20.2km) が開業。鶴見 - 横浜 - 戸塚間の貨物線は使用停止(翌年横須賀線に転用)。平塚 - 小田原間複々線化により貨客分離。汐留 - 浜川崎間および浜川崎 - 鶴見間を区間統合し表示を汐留 - 鶴見間に変更
  • 1984年(昭和59年)2月1日 汐留 - 東京市場間廃止。ただし、設備は汐留駅構内扱いとして存続し、貨物輸送は1987年1月31日まで継続。
  • 1985年(昭和60年)
    • 3月1日 汐留 - 芝浦間廃止。
    • 3月14日 品川 - 汐留間および汐留 - 鶴見間を区間統合し表示を品川 - 鶴見間に変更
    • 7月27日 汐留駅を発着するカートレインの運行を開始。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 汐留駅廃止。区間表示を品川 - 浜川崎 - 鶴見間 (25.2km) に変更(-6.8km)。カートレインは恵比寿駅発着に変更される。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道が承継(品川 - 浜川崎、鶴見 - 八丁畷、鶴見 - 横浜羽沢 - 東戸塚間の旅客営業開始)。日本貨物鉄道が第2種鉄道事業者となる(品川 - 東京貨物ターミナル間の貨物営業廃止)
    • 東海道本線貨物支線の区間表示を、品川 - 浜松町 - 浜川崎間 (24.3km)、鶴見 - 八丁畷間 (2.3km)、鶴見 - 横浜羽沢 - 東戸塚間 (16.0km) に変更。実態は変わらないが、品川 - 浜松町が旅客線との重複区間となる一方で、浜川崎 - 川崎新町は南武線の複線扱い、川崎新町 - 八丁畷は南武線が3線扱い、東戸塚 - 戸塚は東海道本線(本線)が6線扱いとなる。
  • 1990年(平成2年)
    • 3月10日 塩浜操駅を川崎貨物駅に改称
    • 12月23日 カートレイン九州の東京側発着が浜松町(浜川崎経由)に変更される[27]
  • 1993年(平成5年)12月4日 藤沢駅に貨物線ホーム開設。ダイヤ改正により貨物線経由の「湘南ライナー」「湘南新宿ライナー」(特急「湘南」の前身)が停車するようになる(ただし改正日は土曜日のため、実際の停車は12月6日月曜日から)。
  • 1994年(平成6年)12月3日 茅ケ崎駅に貨物線ホーム開設。ダイヤ改正により貨物線経由の「湘南ライナー」「湘南新宿ライナー」が停車するようになる(ただし改正日は土曜日のため、実際の停車は12月5日月曜日から)。
  • 1996年(平成8年)10月1日 品川 - 浜松町間 (3.7km) 廃止[28]
  • 1998年(平成10年)1月30日 都営地下鉄大江戸線の工事のため浜松町 - 東京貨物ターミナル間休止[29][30]。カートレイン廃止[30]
  • 2016年(平成28年)
    • 3月26日 浜川崎 - 川崎新町間に小田栄駅開業。
    • 9月30日 浜松町 - 東京貨物ターミナル間改キロ (-0.6km)。
  • 2019年(令和元年)11月30日 鶴見 - 横浜羽沢間から分岐する形で羽沢横浜国大駅開業。

沿線概況[編集]

浜松町駅 - 小田原駅間の線路および沿線の概況について記す[31]

浜松町駅 - 鶴見駅間[編集]

東海道貨物線の書類上の起点は浜松町駅であるが、同駅から東京貨物ターミナル駅までは休止中である。浜松町駅から港区道196号までの区間は野村不動産NREG東芝不動産とJR東日本が共同で推進する「(仮称)芝浦一丁目計画」に取り込まれており、現在旧芝離宮恩賜庭園の上空を通過している自由通路が貨物線跡地に降りてくるため、鉄道用地としては消滅する見込みである[32]。港区道196号以南の貨物線用地は山手線京浜東北線東海道線東海道新幹線の東側(海側)に沿う形で残っている。休止区間の架線はほとんどが撤去され、架線柱のみが残っている。

貨物線は東京モノレール羽田空港線の直下をしばらく進み、田町駅 - 高輪ゲートウェイ駅間で東海道線などの線路と分かれて高架となり、東海道新幹線回送線に沿って南東へ進む。首都高速1号羽田線と東京モノレールを跨いで品川火力発電所大井火力発電所に沿い、さらに首都高速湾岸線大井出入口付近を跨ぐと東京貨物ターミナル駅に至る。同駅は東海旅客鉄道(JR東海)の新幹線大井車両基地東京臨海高速鉄道東臨運輸区に隣接している。

東京貨物ターミナル駅を出ると、中央卸売市場大田市場の手前でトンネルに入り、ここから川崎貨物駅までは地下区間となる。昭和島からは地上の東京モノレールと並行して東京国際空港(羽田空港)の脇を通り、天空橋駅付近でモノレールと別れて京急空港線(地下)と直角に交差する。多摩川の下をくぐると東京都から神奈川県川崎市へと移り、首都高速神奈川6号川崎線との交差地点付近で地上に出て川崎貨物駅に至る。同駅構内からは神奈川臨海鉄道各線が分岐し、周辺には京急大師線小島新田駅がある。川崎貨物駅を出るとS字カーブで首都高速神奈川1号横羽線に近づきしばらく並行、西方向へ進みやがて浜川崎駅に至る。同駅からは貨物駅構内を介して鶴見線とつながっている。

浜川崎駅から八丁畷駅までは南武線浜川崎支線(南武支線)の区間となり、川崎新町駅までは旅客電車と線路を共用する。共用区間上の小田栄駅を経て、住宅地の中を北西へ進み、川崎新町駅構内で東海道貨物線の線路から南武線の線路が分岐する。このさき国道15号(第一京浜)を跨ぎ、京急本線と交差する八丁畷駅までは複線の東海道貨物線と単線の南武線との3線で進む。八丁畷駅から南武線と分かれ、自動車教習所の上を跨ぎながら左にカーブし、旅客線(東海道線・京浜東北線)の左側に並行する。ここから横浜市に入り、右側から武蔵野南線品鶴貨物線新鶴見信号場 - 鶴見駅間は重複)が各線を跨ぎ、鶴見川を渡った先で東海道貨物線と合流。やがて鶴見駅に至る。同駅は京浜東北線と鶴見線のみに旅客ホームがあるが、東海道貨物線と品鶴貨物線・高島線が分岐するジャンクションとなっている。

鶴見駅 - 東戸塚駅間[編集]

鶴見駅を出ると東海道線などの旅客各線と京急本線に挟まれる形で鶴見線をくぐり、桜木町駅への高島線が分岐すると京急生麦駅付近で地下トンネルに入り、旅客各線と分かれて住宅地の地下を西方向へ進む。シェルターに覆われた高架で横浜線大口駅付近を跨いで再びトンネルに入り、東急東横線(地上)の妙蓮寺駅付近、横浜市営地下鉄ブルーライン(地下)の岸根公園駅と交差する。進行方向を西南西に変えるとトンネル区間が終わり東海道新幹線の南側に出て、第三京浜道路をくぐり、貨物専用の横浜羽沢駅構内で相模鉄道(相鉄)の西谷駅へ向かう相鉄新横浜線と接続する線路が分岐する[33]。分岐した線路は地下に潜り、横浜羽沢駅付近の地下には相鉄とJR東日本の共同使用駅である羽沢横浜国大駅が設けられており、2019年11月30日より運行されている「相鉄・JR直通線」系統[34]がこのルートを経由する。

横浜羽沢駅を出ると再びトンネルに入り、南南西方向へ進む。途中、国道16号と相鉄本線をシェルター付き高架で跨ぐ。保土ヶ谷バイパス横浜新道新保土ヶ谷インターチェンジ直下を通り、やがて東戸塚駅手前でトンネルを出て横須賀線・東海道線に並行する。なお東戸塚駅の貨物線上には分岐点や貨物設備が存在せず、列車が通過するのみとなっている。

東戸塚駅 - 小田原駅間[編集]

東戸塚駅からは小田原駅まで東海道旅客線と並行する。大船駅手前で根岸線からの連絡線が合流。同駅で横須賀線と分かれて旅客線との複々線となり、しばらく西に進むと湘南貨物駅跡地を過ぎる。その先の藤沢駅茅ケ崎駅には貨物線上に特急「湘南」専用旅客ホームが設けられている。茅ケ崎駅構内の辻堂駅寄りには旅客線横浜駅方面と貨物線相模貨物駅方面の渡り線がある。相模川を渡り、旅客駅の平塚駅構内を過ぎると相模貨物駅に至る。平塚駅からは1979年(昭和54年)に複々線化された区間となる。旅客線の大磯駅二宮駅を通過し、JR東海御殿場線が分岐する国府津駅へ。同駅には貨物線上にホームは無いが、御殿場線やJR東日本国府津車両センターへ直通可能な構造となっている。国府津駅を過ぎると西湘貨物駅がある。同駅を過ぎ旅客線の鴨宮駅付近から東海道新幹線が右側に近づき、酒匂川を渡ると貨物下り線が旅客線を乗り越えて方向別複々線となり、やがて小田原駅に至る。同駅構内で貨物線と旅客線が合流し、貨客分離区間が終わる。

旅客列車の運転[編集]

現在は貨物列車のほか、鶴見駅以西で旅客列車として相鉄・JR直通線の列車及び特急「湘南」(前身は「湘南ライナー」・「おはようライナー新宿」・「ホームライナー小田原」)が東海道貨物線・品鶴線経由で運行される。また、寝台特急「サンライズ瀬戸出雲」上りが大幅遅延した場合も東海道貨物線・品鶴線経由で運行され、品川止まりに変更される[35]。この場合、横浜駅の代わりに小田原駅に臨時停車する。かつては寝台特急「あさかぜ」、「富士」、「はやぶさ」、「さくら」、寝台急行「銀河」の上り列車が大幅遅延した際にも、当路線経由に変更して品川止まりで運行したこともあった。並行する旅客線との渡り線が所々にあるため、旅客線で工事や事故があったとき、度々、迂回ルートとして使用されている。なお、「サンライズ瀬戸・出雲」の上りは、通常でも小田原駅 - 茅ケ崎駅間は東海道貨物線を走行している。これは朝ラッシュ時に突入する東海道線の普通列車の待避を少なくするための措置であり、同区間は旅客線を走行する普通列車に対する急行線的な役割を果たす。

東京貨物ターミナル駅 - 鶴見駅間では定期旅客列車は運行されていないが、臨時旅客列車が時折運転されており、2009年5月から9月にかけて、立川駅から伊豆急下田駅までの臨時特急「リゾート踊り子」が、浜川崎駅から鶴見駅まで当路線を運転したことがある。また、2010年9月18日から20日にかけて運転された臨時快速「はまみらい」も同区間を走行した。国鉄時代には汐留駅が廃止されて以降、浜松町駅から東京貨物ターミナル駅経由でカートレインが運行されていた時期もあった。

東海道貨物線を行くEF58 61牽引「海底トンネル号」(1984年8月22日 京浜急行電鉄花月園前駅から撮影)

旅客化構想・計画[編集]

東海道貨物支線貨客併用化[編集]

品川駅・東京テレポート駅 - 浜川崎駅 - 桜木町駅と、浜川崎駅 - 川崎新町駅 - 川崎駅が答申区間
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品川駅・東京テレポート駅 - 浜川崎駅 - 桜木町駅と、浜川崎駅 - 川崎新町駅 - 川崎駅が答申区間

2000年1月、運輸省(現国土交通省運輸政策審議会答申第18号において、「東海道貨物支線の旅客線化等及び川崎アプローチ線(仮称)の新設」として、品川駅およびりんかい線東京テレポート駅から浜川崎駅を経て桜木町駅、浜川崎駅と川崎駅を結ぶ路線がB路線(今後整備について検討すべき路線)として取り上げられた[36]

これを受けて、同年6月に沿線の自治体などによる「東海道貨物支線貨客併用化整備検討協議会」が設置された[37]。協議会では、2012年に具体的なルートを公表[38]。品川駅・東京テレポート駅 - 浜川崎駅 - 桜木町駅間総延長33kmのうち18kmが既存線の活用、15kmは新線を建設するとしている[39]。この計画が実現した場合、品川 - 浜川崎間の所要時間は24分から16分に、桜木町 - 浜川崎間は29分から12分に、桜木町 - 東京テレポート間は43分から29分に短縮される見込みである[40]

2016年4月に示された交通政策審議会答申第198号においては、「地域の成長に応じた鉄道ネットワークの充実に資するプロジェクト」と位置付けられた[41]

羽田空港アクセス線構想[編集]

東京国際空港(羽田空港)内にある東京モノレール羽田空港線京急空港線天空橋駅の西側に東海道貨物線のトンネルが通っており、前述の運輸政策審議会答申第18号における東海道貨物線の旅客化において、品川駅および東京テレポート駅から浜川崎駅に向かう途中に羽田空港口駅を設け、羽田空港への連絡を図ることも盛り込まれていたが、2002年にJR東日本が東京モノレールを傘下に入れたこともあり、目立った進捗はなかった。

2013年(平成25年)11月になって、休止中となっている大汐線(田町駅付近 - 東京貨物ターミナル駅付近)を活用し、東京貨物ターミナル駅付近 - 羽田空港間は新たにトンネルを建設する案が検討されるようになった[42][43][44]。JR東日本は既に東京モノレールを傘下に収めているが、羽田空港発着枠の緩和や2020年東京オリンピックの開催等により、羽田空港の利用客増加が見込まれ東京モノレールだけでは輸送力に限界があることを理由としている。

2014年8月、JR東日本は国土交通省交通政策審議会の東京圏における今後の都市鉄道のあり方に関する小委員会で、田町駅付近から大汐線を活用する東山手ルート、りんかい線大井町駅からの西山手ルート、同東京テレポート駅からの臨海部ルートの3ルートを建設する計画を明らかにした[45]

2021年1月20日にJR東日本は東京貨物ターミナル駅 - 羽田空港新駅(仮称)の5.0 kmについて第一種鉄道事業許可を取得した。2022年度の着工、2029年度の運行開始を予定している[46][47][48]

データ[編集]

路線データ[編集]

品鶴線高島線はそれぞれの記事を参照。

浜松町駅 - 東京貨物ターミナル駅間は東日本旅客鉄道東京支社、川崎貨物駅以西の各区間は同横浜支社の管轄である。

駅一覧[編集]

品鶴線および高島線を除く。東戸塚駅 - 小田原駅間(旅客線併走区間)は、貨物線上に貨物駅または旅客ホームのある駅、および貨物線の分岐のある駅のみ記載

  • (貨):貨物専用駅
  • 貨物取扱 … ◆・◇:取扱あり(◇は定期貨物列車の発着なし)、空白:取扱なし
  • 旅客ホーム … ●:貨物線上に旅客ホームが存在、△:貨物線上には無いが旅客線上にホームが存在、空白:旅客ホームなし
    (浜川崎駅 - 川崎新町駅間では南武支線の電車、鶴見駅 - 羽沢横浜国大駅間では相鉄線直通電車、鶴見駅 - 小田原駅間では特急「湘南」の一部が貨物線上を走行する)
  • 接続路線 … JR在来線(正式路線名または支線名)と貨物関連路線のみ記載
正式路線名   駅名 駅間
営業キロ
累計
営業キロ
貨物取扱 旅客ホーム 接続路線・備考 所在地
東海道本線 支線 浜松町駅 - 浜松町から
0.0
  東日本旅客鉄道東海道本線(本線)
※休止中
東京都 港区
(貨)東京貨物ターミナル駅[* 1] 7.1 7.1     品川区
(貨)川崎貨物駅 7.6 14.7   神奈川臨海鉄道浮島線千鳥線 神奈川県 川崎市
川崎区
浜川崎駅 5.3 20.0 東日本旅客鉄道:鶴見線
南武線 支線 尻手から
4.1
小田栄駅 1.4 2.7    
川崎新町駅 0.7 2.0    
八丁畷駅[* 2] 0.9 1.1   東日本旅客鉄道:南武線支線
東海道本線 支線 鶴見から
2.3
鶴見駅 2.3 0.0   東日本旅客鉄道:東海道本線(本線・品鶴線・高島線)・武蔵野線・南武線貨物支線(尻手駅方面) 横浜市 鶴見区
(貨)横浜羽沢駅[* 1] 8.8[49] 8.8     神奈川区
羽沢横浜国大駅   相模鉄道相鉄新横浜線
駅は貨物線上ではなく分岐した線路上に設置[50]
東戸塚駅[* 2] 横浜羽沢から
7.2[49]
16.0   東日本旅客鉄道:東海道本線(本線) 戸塚区
旅客線並行区間 東京から
36.7
大船駅 9.8 46.5   東日本旅客鉄道:根岸線横須賀線 栄区
鎌倉市
藤沢駅 4.6 51.1     藤沢市
茅ケ崎駅 7.5 58.6   東日本旅客鉄道:東海道本線(本線)・相模線 茅ヶ崎市
(貨)相模貨物駅 7.1 65.7   平塚駅 - 大磯駅間に存在 中郡大磯町
国府津駅 12.0 77.7   東海旅客鉄道御殿場線 小田原市
(貨)西湘貨物駅 1.9 79.6   国府津駅 - 鴨宮駅間に存在
小田原駅 4.3 83.9 東日本旅客鉄道:東海道本線(熱海方面)
  1. ^ a b 書類上は旅客扱いあり。
  2. ^ a b 八丁畷駅・東戸塚駅に貨物線の列車は停車しないが、書類上での路線の分岐点となっている。

国鉄時代、浜川崎 - 鶴見間には東海道本線(支線)の営業キロが南武線とは別に設定されており、川崎新町駅と八丁畷駅は南武線のみ営業キロが設定されていた。

廃止区間[編集]

カッコ内は起点からの営業キロ。

1996年廃止
品川駅 (0.0) - 浜松町駅 (3.7)
1985年廃止
汐留駅(0.0) - 芝浦駅(2.8)
1984年廃止
汐留駅(0.0) - 東京市場駅(1.1)
1973年廃止
川崎駅 (0.0) - 小田操車場 (2.3) - 浜川崎駅 (4.1)

廃駅[編集]

#廃止区間にある駅を除く。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ この貨物線は、本線の客貨分離の元祖ともいえる。
  2. ^ この路線が通称品鶴線と呼ばれる支線である。なお、路線と同時に新鶴見操車場が開業したことで、品川操車場の旅客輸送向けの施設転用が行われ、品川客車区東京機関区(両者とも現・廃止)、田町電車区(現・東京総合車両センター田町センター)などが設置された[8]
  3. ^ この路線が通称高島線である。この貨物線は、東海道本線の貨物別線の元祖ともいえる[10]
  4. ^ このような結果となった背景には、関東大震災による復興事業として、横浜市街地の東海道本線大幅移設計画が立案され、新鶴見操車場の整備と前述の支線と直結する線路増設も決まり、横浜市街地の市内交通や地域を分断する高島線経由の貨物バイパス路線は不要と判断されたためである[10]
  5. ^ この時点では、南武線尻手駅 - 浜川崎駅間の支線は開業していない。また、当該路線の開業は1930年(昭和5年)3月25日であるが、当時は国鉄ではなく南武鉄道(現・太平洋不動産)という私鉄であった。
  6. ^ 旧築地市場こと東京都中央卸売市場。
  7. ^ 南武線川崎新町駅隣接の貨物操車場[16]
  8. ^ この反対運動で、東急東横線妙蓮寺駅付近では「新貨物線絶対反対、通勤緩和は新幹線を複々線に」と書かれた大きな看板があった。

出典[編集]

  1. ^ “芝浦一丁目計画の概要 高層ツインタワーや親水空間 JR東日本など、段階的に整備”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 1. (2017年8月17日) 
  2. ^ a b 祖田圭介「東海道線東京口 線路変遷史」『鉄道ピクトリアル 【特集】湘南電車50年』2000年2月号、電気車研究会、2000年2月1日、 16頁。
  3. ^ a b c 今田保「山の手貨物線の歴史」『鉄道ピクトリアル2014年9月号 【特集】山手貨物線』第64巻第9号(通巻第894号)、電気車研究会、2014年9月1日、 10 - 11頁。
  4. ^ (監修)今尾恵介「駅名一覧 関東2 東海道本線(1)沿線 JR東海道本線(1)東京~熱海」『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線』4号関東2、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年8月19日、26頁。
  5. ^ 岩成政和「変貌間近!? 東海道貨物線のあゆみ」『Rail Magazin2018.5 特集 東海道貨物線』第35巻第5号 №416、ネコ・パブリッシング、2021年5月1日、 19頁。
  6. ^ a b 岩成政和「変貌間近!? 東海道貨物線のあゆみ」『Rail Magazin2018.5 特集 東海道貨物線』第35巻第5号 №416、ネコ・パブリッシング、2021年5月1日、 20 - 21頁。
  7. ^ (監修)今尾恵介「駅名一覧 関東2 東海道本線(1)沿線 JR東海道本線 品川~鶴見」『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線』4号関東2、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年8月19日、27頁。
  8. ^ 岩成政和「変貌間近!? 東海道貨物線のあゆみ」『Rail Magazin2018.5 特集 東海道貨物線』第35巻第5号 №416、ネコ・パブリッシング、2021年5月1日、 20頁。
  9. ^ a b c (監修)今尾恵介「駅名一覧 関東2 川崎・横浜臨港地区 沿線 JR東海道本線(貨)鶴見~桜木町」『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線』4号関東2、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年8月19日、33頁。
  10. ^ a b c d 岩成政和「変貌間近!? 東海道貨物線のあゆみ」『Rail Magazin2018.5 特集 東海道貨物線』第35巻第5号 №416、ネコ・パブリッシング、2021年5月1日、 22頁。
  11. ^ a b 岩成政和「変貌間近!? 東海道貨物線のあゆみ」『Rail Magazin2018.5 特集 東海道貨物線』第35巻第5号 №416、ネコ・パブリッシング、2021年5月1日、 24 - 25頁。
  12. ^ 今田保「山の手貨物線の歴史」『鉄道ピクトリアル2014年9月号 【特集】山手貨物線』第64巻第9号(通巻第894号)、電気車研究会、2014年9月1日、 11頁。
  13. ^ a b (監修)今尾恵介「駅名一覧 関東2 川崎・横浜臨港地区 国鉄東海道本線(貨)川崎~浜川崎」『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線』4号関東2、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年8月19日、33頁。
  14. ^ (監修)今尾恵介「駅名一覧 関東2 東海道本線(1)沿線 JR南武線 尻手~浜川崎 通称:南武支線」『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線』4号関東2、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年8月19日、28頁。
  15. ^ a b (監修)今尾恵介「駅名一覧 関東2 川崎・横浜臨港地区 JR東海道本線(貨)浜松町~東戸塚」『日本鉄道旅行地図帳 全線・全駅・全廃線』4号関東2、日本鉄道旅行地図帳編集部(編集)、新潮社〈新潮「旅」ムック〉、2008年8月19日、33頁。
  16. ^ 祖田圭介「東海道線東京口 線路変遷史」『鉄道ピクトリアル 【特集】湘南電車50年』2000年2月号、電気車研究会、2000年2月1日、 22頁。
  17. ^ a b c 祖田圭介「東海道線東京口 線路変遷史」『鉄道ピクトリアル 【特集】湘南電車50年』2000年2月号、電気車研究会、2000年2月1日、 15頁。
  18. ^ 菅原伸雄「東海道本線東京=小田原間線路増設工事」『日本国鉄電車特集集成〔第4分冊〕 鉄道ピクトリアル編』、鉄道図書刊行会、1985年10月25日、 221頁。
  19. ^ 祖田圭介「東海道線東京口 線路変遷史」『鉄道ピクトリアル 【特集】湘南電車50年』2000年2月号、電気車研究会、2000年2月1日、 15 - 17頁。
  20. ^ 山田亮「横須賀線と総武快速線-通勤5方面作戦がもたらした異なる沿線文化同士の直通運転-」『鉄道ピクトリアル 【特集】 横須賀・総武快速線』2018年3月号 、電気車研究会、2018年3月、 18頁。
  21. ^ 祖田圭介「特集:短絡線ミステリー4 複々線を探る 複雑な多線区間 東海道本線東京-小田原間」『鉄道ファン』2001年2月号、交友社、2001年2月、 10頁。
  22. ^ 祖田圭介「特集:短絡線ミステリー4 複々線を探る 複雑な多線区間 東海道本線東京-小田原間」『鉄道ファン』2001年2月号、交友社、2001年2月、 12頁。
  23. ^ 山田亮「横須賀線と総武快速線-通勤5方面作戦がもたらした異なる沿線文化同士の直通運転- 難航する東海道線複線化」『鉄道ピクトリアル 【特集】 横須賀・総武快速線』2018年3月号 、電気車研究会、2018年3月、 18 - 19頁。
  24. ^ 佐藤信之編「Ⅱ 各論 昭和40年代以降の東京圏鉄道プロジェクト 第1章 国鉄時代の大規模投資 1.東京5方面作戦」『鉄道ピクトリアル 東京圏都市鉄道プロジェクト』2013年7月号別冊、電気車研究会、2013年7月、 43 - 44頁。
  25. ^ 宮崎省吾私の(住民運動)思想史における一橋大学時代(1957-1961) (PDF) 」 - 一橋大学。宮崎は貨物線反対同盟連合協議会の事務局長を務めた人物である。
  26. ^ 岩成政和「変貌間近!? 東海道貨物線のあゆみ」『Rail Magazin2018.5 特集 東海道貨物線』第35巻第5号 №416、ネコ・パブリッシング、2021年5月1日、 26 - 27頁。
  27. ^ 『JTB時刻表』1990年12月号、日本交通公社出版事業部。
  28. ^ 「「汐留線」の廃止許可 「品川新駅」設置で運輸省 JR東日本申請」『交通新聞』交通新聞社、1996年4月23日、1面。
  29. ^ “浜松町-東京貨タ間休止へ”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 1. (1998年1月23日) 
  30. ^ a b “東京-北海道 カートレインの運行 JR東日本が廃止” 日刊工業新聞 (日刊工業新聞社): p32. (1998年1月23日)
  31. ^ 線形、平行・交差する鉄道・道路、周辺の地形・建造物についての出典:Google マップ 地図および航空写真(2011年)
  32. ^ 「(仮称)芝浦一丁目計画」 整備方針について - 野村不動産、2017年8月15日
  33. ^ 進行中の建設プロジェクト”. 東日本旅客鉄道. 2020年2月22日閲覧。
  34. ^ 相鉄・JR直通線の開業日決定 (PDF)”. 相模鉄道株式会社・東日本旅客鉄道株式会社 (2019年3月28日). 2019年3月28日閲覧。
  35. ^ 杉山淳一 (2015年12月26日). “貨物列車用の線路を走る旅客列車がある”. マイナビニュース. 2020年2月22日閲覧。
  36. ^ 具体的路線 (PDF)”. 東京圏における高速鉄道を中心とする交通網の整備に関する基本計画について(答申). 国土交通省. 2016年4月9日閲覧。
  37. ^ 東海道貨物支線貨客併用化への取り組み”. 東海道貨物支線貨客併用化整備検討協議会. 2016年4月12日閲覧。
  38. ^ 杉山淳一の時事日想:隠れ資産の有効活用は実現できるのか――貨物線旅客化の期待と課題 (3/5)”. ITmedia ビジネスオンライン (2013年3月29日). 2016年4月12日閲覧。
  39. ^ 東海道貨物支線貨客併用化の検討ルート”. 東海道貨物支線貨客併用化整備検討協議会. 2016年4月12日閲覧。
  40. ^ 東海道貨物支線貨客併用化整備検討協議会”. 2012年12月29日閲覧。
  41. ^ 東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(答申) (PDF)”. 交通政策審議会. 国土交通省. pp. 36-37 (2016年4月20日). 2019年9月22日閲覧。
  42. ^ JR 都心と羽田結ぶ新路線整備検討(Archive.isによるアーカイブ) - NHK、2013年11月9日
  43. ^ 羽田―都心の新路線、JR東日本検討 五輪で利用増予想 - 朝日新聞、2013年11月9日付
  44. ^ 東京五輪で都心の鉄道新線計画が再始動 羽田アクセス改善、国、都、JR、私鉄が複数案 - J-CAST、2014年2月2日付
  45. ^ 羽田アクセス総取りか、JR新線3ルートの全貌(1/3)”. 日経コンストラクション. 日経BP (2014年8月20日). 2016年4月9日閲覧。
  46. ^ “羽田空港アクセス線(仮称)の鉄道事業許可について” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2021年1月20日), オリジナルの2021年1月20日時点におけるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20210120074518/https://www.jreast.co.jp/press/2020/20210120_ho02.pdf 2021年1月20日閲覧。 
  47. ^ “東日本旅客鉄道株式会社「羽田空港アクセス線」の鉄道事業許可 〜羽田空港への新たなアクセスルートにより、利用者利便性が向上します〜” (日本語) (PDF) (プレスリリース), 国土交通省鉄道局都市鉄道政策課, (2021年1月20日), オリジナルの2021年2月時点におけるアーカイブ。, https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11643164/www.mlit.go.jp/report/press/content/001383168.pdf 2021年1月20日閲覧。 
  48. ^ “羽田空港新線を許可、国交省 都心直結、29年度開業予定”. 共同通信. (2021年1月20日). オリジナルの2021年1月20日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20210120101851/https://this.kiji.is/724551907208511488 2021年1月20日閲覧。 
  49. ^ a b 『停車場変遷大事典』JTB、1998年。
  50. ^ 都市鉄道利便増進事業 相鉄・JR直通線、相鉄・東急直通線|羽沢駅工事”. 鉄道・運輸機構、相模鉄道、東京急行電鉄. 2019年2月27日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]