松原靖

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松原 靖
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県
生年月日 (1964-11-16) 1964年11月16日(52歳)
身長
体重
177 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1985年 ドラフト外
初出場 1988年5月26日
最終出場 1992年8月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

松原 靖(まつばら やすし、1964年11月16日 - )は、群馬県出身の元プロ野球選手投手)。

 来歴・人物 [編集]

前橋育英高時代は、県大会で東農大二高阿井英二郎と投げ合った。140km/hの速球が武器の本格左腕であった。

高校卒業後は、高崎信用金庫に就職。読売ジャイアンツの新人テストでただ一人合格し、1985年オフにドラフト外でテスト生として入団した。

1987年は、1A・マイアミ・マーリンズに野球留学する。

須藤豊二軍監督の下「信用金庫」の愛称で呼ばれながら力をつけ、1988年に初めて一軍に昇格。同年5月26日の対大洋戦で中継ぎで初登板するも1/3回を4失点、続く6月2日の登板ではアウトを取れず2失点と2試合連続で打ち込まれて二軍落ちした。この時点で防御率は162.00となり話題になった。二軍では1試合18奪三振を記録。イースタン三連覇がかかった試合にも登板するなど中心選手として活躍。一軍再昇格後にいきなり9月18日の対大洋戦で初先発として抜擢されると、9回2死まで1失点の好投で初勝利をあげ、貴重な左腕として周囲の期待も高まった。また、王貞治監督の巨人最後の采配となった同年10月4日の対大洋戦で先発をして勝利投手となっている。

1989年は、故障で出遅れる。チームがリーグ優勝を決めた翌日の消化試合でようやく1勝したが、これが現役最後の勝利になった。

1990年1991年は一軍登板なしに終わり、オフに岡田展和との交換トレードで西武ライオンズへ移籍。1992年限りで現役を引退した。

引退後は、1995年まで巨人の打撃投手を務めたあと、引退した原辰徳の個人事務所の手伝いをした。

選手としての特徴[編集]

140km/h前後の直球、カーブシンカーを武器としていた[1]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1988 巨人 5 2 0 0 0 2 1 0 -- .667 71 16.0 18 2 7 0 0 14 0 0 9 9 5.06 1.56
1989 4 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 33 8.0 5 2 3 0 1 10 0 0 3 3 3.38 1.00
1992 西武 5 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 20 4.0 5 1 4 0 0 4 0 0 3 3 6.75 2.25
通算:3年 14 2 0 0 0 3 1 0 -- .750 124 28.0 28 5 14 0 1 28 0 0 15 15 4.82 1.50

表彰[編集]

背番号[編集]

  • 58 (1986年 - 1991年)
  • 19 (1992年)
  • 115 (1993年 - 1995年)

脚注[編集]

関連項目[編集]