松平乗賢

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松平乗賢
時代 江戸時代中期
生誕 元禄6年(1693年
死没 延享3年5月8日1746年6月26日
改名 吉十郎(幼名)→乗賢
官位 従四位下能登守
幕府 江戸幕府奏者番若年寄老中
主君 徳川吉宗家重
美濃岩村藩
氏族 大給松平家
父母 父:松平乗紀、母:朽木稙昌娘・久
兄弟 乗賢、吉三郎、致乗、田宮、朽木玄綱、亀之助、水谷建英、栄久院、
松平義堯養女、知久久徹室
正室:太田資直
乗恒松平盈乗正室、本多忠辰正室ら
養子:乗薀

松平 乗賢(まつだいら のりかた)は、江戸時代中期の大名老中美濃国岩村藩主。岩村藩大給松平家3代。官位従四位下能登守

略歴[編集]

元禄6年(1693年((元禄6年) 、岩村藩初代藩主・松平乗紀の長男として誕生。

宝永4年(1707年)12月24日、従五位下、能登守に叙任。享保2年(1717年)2月20日、家督を相続する。

享保4年(1719年)1月11日、奏者番となる。享保8年(1723年)3月6日、若年寄に昇進。享保9年(1724年)11月15日、西丸(長福丸=徳川家重附)若年寄に異動。 享保20年(1735年)5月23日、西丸(徳川家重附)老中に昇進し、1万石加増(計3万石)。12月15日、従四位下に昇叙し、能登守如元。

元文元年(1736年)12月15日、侍従に転任し、能登守兼帯如元。延享2年(1745年)9月1日 、徳川家重、徳川宗家家督相続に伴い本丸に移動。そのため、本丸老中に異動。

延享3年(1746年)5月8日、卒去 享年54。跡を養嗣子・乗薀松平乗邑の三男)が継いだ。

出典[編集]

  • 新田完三編・児玉幸多監修「内閣文庫藏 諸侯年表」東京堂出版 1984年発行 大日本近世史料「柳営補任」