松平庸直

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松平庸直
時代 江戸時代前期
生誕 元和3年(1617年
死没 寛永11年5月12日1634年6月7日
別名 康直
官位 従五位下佐渡守丹波守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家光
信濃松本藩主、播磨明石藩
氏族 戸田松平家
父母 松平康長
兄弟 永兼忠光庸直戸田氏鉄正室、
松平乗寿正室、阿部忠秋継室ら
光重二の丸殿
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松平 庸直(まつだいら やすなお)は、江戸時代前期の大名は康直とも。信濃国松本藩主、播磨国明石藩主。官位従五位下佐渡守丹波守戸田松平家2代。

略歴[編集]

戸田氏嫡流である松平康長の三男として上野国高崎城にて誕生。兄・忠光の早世により嫡子となる。

寛永9年(1632年)12月に父が没したため家督を相続する[1]

寛永10年(1633年)4月、播磨明石に移封される[1]。しかしその翌年、江戸から上洛途中の東海道鈴鹿関にて18歳で没した。嗣子が無かったため、甥で養子の光重が跡を継いだ。

系譜[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 田中薫『松本藩』現代書館〈シリーズ藩物語〉、2007年5月、34頁。