松平景忠

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松平景忠
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 天文10年(1541年
死没 文禄2年6月3日1593年7月1日
墓所 愛知県蒲郡市五井の長泉寺
主君 徳川家康
氏族 五井松平家
父母 父:松平忠次
兄弟 景忠、正幸
伊昌

松平 景忠(まつだいら かげただ)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将五井松平家5代当主。

略歴[編集]

4代・松平忠次の子として誕生。

永禄3年(1560年)の丸根攻め以来、松平元康(徳川家康)に仕え続け、姉川の戦い三方ヶ原の戦い長篠の戦い小牧・長久手の戦いなどに参戦し、文禄元年(1592年)の肥前名護屋城出陣まで忠勤に励んだ。

文禄2年(1593年)6月3日死去。享年53。葬地は愛知県蒲郡市五井の長泉寺。