松平頼之

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松平頼之
Matsudaira Yoriyuki.jpg
松平頼之
時代 江戸時代後期 - 明治時代
生誕 安政5年6月1日1858年7月11日
死没 明治6年(1873年8月11日
改名 松平昭鄰→頼之
陸奥守山藩主→常陸松川藩
氏族 水戸徳川家守山松平家
父母 父:徳川斉昭、母:万里小路睦子
養父:松平頼升
兄弟 賢姫、祝姫、徳川慶篤、松姫、
徳川慶喜池田慶徳池田茂政直侯、八代姫、武聰喜連川縄氏昭訓
徳川貞子忠和土屋挙直、愛子、
徳川昭武喜徳頼之、正姫ら22男15女
養子:喜徳

松平頼之(まつだいら よりゆき)は、江戸時代後期の大名陸奥国守山藩常陸国松川藩)7代(最後の)藩主。水戸支流頼元系松平家8代。15代将軍・徳川慶喜の弟。

略歴[編集]

水戸藩主・徳川斉昭の二十二男として誕生。母は大納言万里小路建房の娘・睦子。初名は昭鄰(あきちか)。

明治2年(1869年)、6代藩主・松平頼升の隠居により、養子となって家督を相続した。明治6年(1873年)に夭折し、会津松平家との養子縁組を解消していた実兄・喜徳(斉昭の十九男)が家督を継いだ。