松本市立安曇小中学校

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松本市立安曇小中学校
松本市立安曇小中学校
国公私立 公立学校
設置者 松本市
共学・別学 男女共学
所在地 390-1502
長野県松本市安曇島々964
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松本市立安曇小中学校(まつもとしりつ あずみしょうちゅうがっこう)は長野県松本市安曇島々にある市立小学校中学校

校長は小学校と中学校を兼任、教頭はそれぞれにいる。

概要[編集]

学区は、東は大野田地区、学校のある島々地区、西は稲核地区など、旧安曇村東部の広い地域を含んでいる。これら地区を結ぶ国道158号が、学校の東側を通るが、校舎からは校庭を隔てているので遠い。2005年4月1日に松本市に合併したので、安曇村立から松本市立に移行した。

1学年1学級である。2泊3日で奥穂高岳登山を行う。小学校とは昇降口は異なるが、大廊下でつながっている[1]。学校の東側を国道158号が走るが、校舎からは校庭を隔てていて遠く、また段差がある。国道の向こう側崖下に梓川が流れている。国道158号は、学校敷地をはずれると、すぐに三本松トンネルに入る。

松本市ホームページには「安曇小中学校は、昭和42年4月1日に安曇小・中学校、稲核小・中学校が統合され、翌43年11月25日より、現在地(標高751.5m、北緯36度10分16秒、東経137度47分10秒)において、現校舎での授業が開始されました」とあるので、1967年度からの名称は「安曇小中学校」、1966年までの名称は「安曇小・中学校」「稲核小・中学校」であった[2]

中学校の教育目標[編集]

  • 「清らの心とひとり立ちできる人間」[3]

中学校の卒業生徒数[編集]

  • 下記の数字は、松本市ホームページによる[4]

施設[編集]

小学校と中学校が同一敷地に併設されている。インターネットの接続が可能な教室、開閉可能な屋根付きプール、太陽光発電施設など、近代的な施設が整備されている。

年表[編集]

年表は、『安曇村誌 第3巻 歴史下』pp.31-37の年表およびpp.705-719の記事に依拠した。

  • 1872年明治 5年) - 学制発布され、島々観音堂を改造し学校を開く
  • 1873年(明治 6年) - 発足していた学校を4月に「温知学校」と称し、稲核(得善学校)と大野川に学校派出所を置いた。110人が入校
  • 1890年(明治23年) - 温知学校は安曇尋常小学校と名称を変え、稲核と大野川の派出所は支校となる
  • 1891年(明治24年) - 稲核支校が稲核尋常小学校になる
  • 1892年(明治25年) - 安曇・の3か村立高等小学校を梓村杏に建設
  • 1900年(明治33年) - 11月に、島々神社前の宮ノ原に新校舎完成し移転する
  • 1901年(明治34年) - 大野川支校が大野川尋常小学校になる
  • 1910年(明治43年) - 安曇・梓・倭3か村立高等小学校、生徒数減少のため廃止
  • 1911年(明治44年) -稲核尋常小学校に高等科を併置し、稲核尋常高等小学校になる
  • 1912年大正元年) - 安曇尋常小学校の校舎を、モチウト地籍に建築して移転する
  • 1872年(大正11年) - 安曇尋常小学校に高等科を併置し、安曇尋常高等小学校になる
  • 1872年昭和 8年) - 大野川尋常小学校に高等科を併置し、大野川尋常高等小学校になる
  • 1941年(昭和16年) - 国民学校令により小学校を国民学校と改称
  • 1947年(昭和22年) - 新学制となり、国民学校を小学校と改称、中学校を設置
  • 1967年(昭和42年)4月 - 安曇小・中学校を安曇小中学校安曇部校とし、稲核小・中学校を安曇小中学校稲核部校とする
  • 1968年(昭和43年) - 安曇部校の敷地に新校舎建築、12月に落成式を行い、安曇部校・稲核部校は閉校、安曇小中学校が発足
  • 1975年(昭和50年) - 全校児童生徒が一堂に会しての給食開始
  • 1979年(昭和54年) - 安曇小中学校に夜間照明設備が完成
  • 1992年平成 4年) - 安曇中学校にコンピュータ教室を設置、パソコン20台設置
  • 1997年(平成 9年) - 開閉屋根付き屋内プール竣工

周辺[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 安曇中学校”. 松本市. 2013年10月24日閲覧。
  2. ^ 安曇中学校”. 松本市. 2013年10月24日閲覧。
  3. ^ 安曇中学校”. 松本市. 2013年10月24日閲覧。
  4. ^ 安曇中学校”. 松本市. 2013年10月24日閲覧。

参考文献[編集]

  • 安曇村誌編纂委員会『安曇村誌 第3巻 歴史下』安曇村、1998年