松本聡香

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
松本 聡香(ペンネーム)
誕生 1989年4月 (30歳)
静岡県富士宮市
ステージ 正報師
教団での役職 諜報省大臣
入信 1989年

松本聡香(まつもと さとか、ペンネーム)は、オウム真理教の元信者で、同教団教祖の麻原彰晃(松本智津夫)元死刑囚の4女で弟子。家族の中で最もステージの高い正報師の地位にあった。

人物・略歴[編集]

1989年、富士宮市にあるオウム真理教教団施設、「富士山総本部道場」にて生まれる。 出産の際に教団幹部の遠藤誠一が立ち会った。その際に遠藤は恋心のようなものを抱いたと言う[1][2]

1995年、6歳の時に地下鉄サリン事件が起きた。事件当日、父である麻原は聡香に「今日はいいことが起きているんだよ。」と冷たく笑ったという。その後、麻原は複数の幹部らと共にサティアン奥へ歩いていった。

同年5月16日までにオウム真理教教祖、麻原彰晃を初めとする教団幹部らが次々に逮捕されていった。母である松本知子も逮捕され家族らは親不在となった。 中学生の時にオウム真理教事件を知る。その後、江川紹子が未成年後見人となる。 しかし江川紹子はその後、後見人を辞退している。 現在は『私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか』などの手記を出版している。 また家族からも距離をおいている。

2017年11月、父母に対する推定相続人の廃除を横浜家裁に申し立て、認められたことを会見で明らかにした。 Alephに対しては 「教団の言うことを丸呑みにするのではなく、自分自身で行動してほしい。」と投げかけた。

2018年現在、麻原の死刑執行に伴った遺骨を巡って姉の松本麗華や実母の松本知子と対立している。4女とその弁護士滝本太郎側は「埋葬地の聖地化を防ぐため海に散骨する」との姿勢を示している[3]

また母に対しては「産んでもらった恩はあるが、育ててもらった恩はない」と断言した。

脚注[編集]