松田幸春

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松田幸春
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府
生年月日 (1950-02-15) 1950年2月15日(69歳)
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
初免許年 1969年
免許区分 平地(初期には障害免許も保持)
騎手引退日 1992年
重賞勝利 16勝
G1級勝利 3勝
通算勝利 3908戦377勝
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松田 幸春(まつだ ゆきはる、1950年2月15日 - )は、京都府出身(北海道生まれ)の元騎手調教助手。旧姓は新田。

角居勝彦厩舎所属の調教助手である松田全史は息子[1]

経歴[編集]

1966年馬事公苑騎手養成長期課程を受講し、修了後の1968年4月に大久保亀冶厩舎にて騎手見習となる。1969年に同厩舎所属騎手としてデビューし、3月2日京都第1競走・ローレンズタークスで初騎乗初勝利を挙げた。初年度は14勝を挙げたが、2年目の1970年は6勝にとどまる。3年目となる1971年には29勝を挙げ、阪神4歳牝馬特別でエリモジェニーに騎乗して重賞初制覇を飾る。1972年4月に師匠が亡くなったために大久保石松厩舎へ異動し、同年の天皇賞(秋)では8番人気パッシングゴールに騎乗して大逃げを打ち、最後に福永洋一騎乗のヤマニンウェーブに交わされたものの、2着に入る健闘を見せた。12月28日松田由太郎調教師の娘と結婚して娘婿となり、「松田」姓に改姓した。1973年には新たに開業した大久保正陽厩舎に異動し、1974年には自己最多の34勝を挙げて全国11位にランクイン。1976年に義父の厩舎に異動し、同厩舎の主戦騎手となった。この間、ディアマンテエリザベス女王杯リニアクイン優駿牝馬を勝つなど、中堅騎手として活躍した。1987年アイルランドの研修生として日本人騎手では初めて海外での騎乗を経験し、1988年にはエリザベス女王杯で6番人気のミヤマポピーに騎乗。圧倒的な1番人気のシヨノロマンハナ差退け、健在振りを示した。1990年に義父が定年退職を迎えてフリーとなったが、騎乗機会も減少し、1992年2月に引退。引退後は調教助手に転じ、伊藤修司厩舎や鮫島一歩厩舎で活躍馬を手がけた。2011年1月退職[1]

現在はポータルサイト「競馬ラボ」でコラム「松田幸春の辛口競馬ジャッジ」を執筆している。

騎手通算成績[編集]

通算成績 1着 2着 3着 4着以下 騎乗回数 勝率 連対率
平地 377 378 341 2,812 3,908 .097 .193

主な騎乗馬[編集]

太字は旧八大競走を含むGIレース。

脚注[編集]

  1. ^ a b はじめまして松田です。(競馬ラボ、2011年2月26日)

参考文献[編集]

  • 『中央競馬年鑑』(昭和44年 - 平成5年版)(日本中央競馬会)
  • 『中央競馬騎手名鑑』(日本中央競馬会)