林隆夫

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林 隆夫(はやし たかお、1949年 - )は、日本数学者[1][2]。専門は、数学史科学史インド学[3]

経歴[編集]

1949年新潟県に生まれる[3]東北大学理学部[3]、同大学院で修士を取得し[3]、1977年から京都大学大学院文学研究科に在籍[3]インド数学史の研究を始める[4]日本学術振興会の奨学金を得て、1979年からブラウン大学大学院数学史科に留学した[3][4]プロヴィデンスにいたのは1979年から1981年までの3年間であったが、同科では当時、ノイゲバウアーサックス英語版ピングリー英語版トゥーマー英語版が活躍していた[4]。のちに林は、彼らと共に文献学に基づいた数学史研究の訓練ができたことが幸運だったと回想した[4]。その後、アメリカ・インド学研究所英語版の奨学金を得て、アラーハーバード大学英語版メータ数理物理学研究所に研修員として渡印し、1982年から1983年までの1年間、サンスクリット数学写本の調査をした[3][4]

1985年にブラウン大学大学院数学史科から Ph.D を取得した[3]。1986年に同志社大学工学部の講師になる[3]。同志社に入りしばらくして、楠葉隆徳と矢野道雄の3名で、南アジアの数学史に関する共同研究を始めた[4]。共同研究はサンスクリットで著された数学書・天文学書の講読の形式で行われ、原典の解読という困難で地道な作業を伴うものであったが、10数年を経て『インド数学研究』(恒星社厚生閣、1997年、のちオンデマンド版)の出版に結実した[4][5]。『インド数学研究』は日本数学会第1回出版賞(2005年)を受賞した[4][5]

同志社大学では、助教授(1989年)、工学部の理工学部への統合に伴う移籍(1993年)、教授(1995年)を経て、退職及び名誉教授(2015年)[3][6]。退職の少し前に在職していた京田辺市のハリス理化学研究所(同志社大学理工学部の一研究施設)科学史研究室においては、研究室の研究テーマを、「インド数学の歴史をサンスクリットプラークリットなどの言語で書かれた原典資料に基づいて総体的に明らかにすること」、「インド数学の歴史をインド文化史の中に正しく位置づけること」、「インド数学の歴史を世界の数学史の中に正しく位置づけること」としている[6]。研究テーマに基づき概説書『インドの数学 ゼロの発明』(中公新書、1993年)を著している。

2016年10月には、12世紀の数学者、バースカラIIの代数学書『ビージャガニタ』と、それに対する16世紀の数学者、クリシュナの注釈書『ビージャバッラヴァ』の緻密な日本語翻訳を行い、関連事項を補った包括的研究書『インド代数学研究』(恒星社厚生閣)を出版した[2][3]中部大学特任教授、科学史研究者の佐々木力は、『インド代数学研究』に対する書評の中で、本書の「学問的重要さは比類のないもの」であると述べ、「第一級の学問的仕事の成果がここにある」と書いた[2]

出典[編集]

  1. ^ Takao Hayashi, Contributor”. Encyclopaedia Britannica. 2017年6月16日閲覧。
  2. ^ a b c 佐々木力 (2017年3月3日). “読書人紙面掲載 書評 十二世紀インドの代数学書とその注釈書の緻密な邦訳と詳細な研究を提供”. 2017年6月16日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k インド代数学研究―『ビージャガニタ』+『ビージャパッラヴァ』全訳と注”. 紀伊國屋書店 (2016年10月). 2017年6月16日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h 林隆夫 (2005-11-09). “特集:2005年度日本数学会出版賞受賞者のことば”. 数学通信 10 (2). http://mathsoc.jp/publication/tushin/1002/1002hayashi.pdf 2017年6月16日閲覧。.  日本数学会広報委員会2005年度日本数学会賞出版賞
  5. ^ a b 楠葉隆徳 (2005-11-09). “特集:2005年度日本数学会出版賞受賞者のことば”. 数学通信 10 (3). http://mathsoc.jp/publication/tushin/1003/1003kusuba.pdf 2017年6月16日閲覧。.  日本数学会広報委員会2005年度日本数学会賞出版賞
  6. ^ a b 科学史研究室 研究内容”. 同志社大学理工学部. 2017年6月16日閲覧。 “このようなインド数学の歴史を、サンスクリット、プラークリットなどの言語で書かれた原典資料に基づいて総体的に明らかにすることが研究のテーマである。またそれを、いっぽうでインド文化史の中に正しく位置づけるとともに、他方で世界の数学史の中に正しく位置づけることもこれからの重要なテーマである。”