林鳳谷

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

林 鳳谷 (はやし ほうこく、享保6年(1721年) - 安永2年12月11日1774年1月22日))は、江戸時代中期の朱子学派儒学者林榴岡の子。林家5代。林鳳池(ほうち)の兄。は信武、のち信言。

略歴[編集]

将軍徳川吉宗に仕える。延享4年(1747年)、朝鮮通信使応接御用を務め、従五位下・図書頭(ずしょのかみ)となる。宝暦8年(1758年)家督を継いで林家5代となり、大学頭となった。

子の林龍潭は早世したため、孫の林鳳潭が林家を継いだ。

編著書[編集]

  • 「本朝事物権輿考(けんよこう)」
  • 「東武列朝婦女系譜」など。