柳谷清三郎

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柳谷 清三郎(やなぎや せいざぶろう、1900年10月1日 - 1984年3月19日[1])は、日本政治家衆議院議員(2期)。能代市

経歴[編集]

秋田県出身。1928年東京帝国大学法学部政治学科卒[2][3]。能代港町学務課長[2]、同助役を経て[2]1946年第3代能代市長に就任した[3]。市長在任中は市民歌の制定[3]、市役所、警察署などの建設[3]1949年には能代大火が起こり、その復興に力を入れた[3]。市長は1955年まで務め、同年の第27回衆議院議員総選挙秋田1区から日本民主党公認で立候補したが落選。次の第28回衆議院議員総選挙自由民主党公認で立候補して初当選し、2期務める。1963年第30回衆議院議員総選挙で落選。1967年に能代市長に再選された[4]。その後、市長は2期8年務め[4]、2度目の市長在任中の1974年能代港が開港した[4]。翌1975年に市長を退任。1984年死去。

脚注[編集]

  1. ^ 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』柳谷清三郎
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』672頁。
  3. ^ a b c d e 『日本の歴代市長』第1巻、294頁。
  4. ^ a b c 『日本の歴代市長』第1巻、295頁。

参考文献[編集]

  • 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
  • 『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。