柴田勝門

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柴田 勝門(しばた かつかど、寛永20年(1643年) - 元禄14年4月28日1701年6月4日))は、江戸幕府旗本。通称、清六郎、権兵衛、又六郎、三左衛門。

父は柴田勝興。室は水野元重の娘、継室は土井利隆の娘。子に権六郎、柴田勝富、権左衛門、坂部広象室。

万治2年(1659年)小姓組となり、延宝8年(1680年)に家督を継承する。元禄3年(1690年)従五位下、越前守に叙任する(のちに出雲守に遷任)。元禄4年(1691年)に目付、元禄6年(1693年)に桐間番頭、御側となった。元禄7年(1694年)に1000石の加増を受けた後、元禄11年(1698年)領地を武蔵国より三河国に移され、本宿村(現岡崎市本宿)に陣屋も設けて支配する。以後、子孫は幕末まで同地を支配した。