桂きん枝

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桂 小文枝かつら こぶんし
桂 小文枝
今宮戎神社宝恵駕行列途次、戎橋南詰戎舞台にて
(2019年1月10日)
本名 立入 勉三(たちいり べんぞう)
生年月日 (1951-01-05) 1951年1月5日(68歳)
出生地 日本の旗 日本大阪府大阪市城東区
師匠 3代目桂小文枝5代目桂文枝
名跡 1. 桂きん枝(1969年 - 1983年)
2. 桂勝枝(1985年 - 1986年)
3. 桂きん枝(1986年 - 2019年)
4. 桂小文枝(2019年 - )
活動期間 1969年 - - 1983年、1985年 -
活動内容 上方落語
配偶者 あり(離婚歴あり)
所属 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
備考
上方落語協会副会長(2016年 - 2018年)
上方落語協会相談役(2018年 - )

桂 小文枝(かつら こぶんし、1951年1月5日 - )は、日本落語家。本名は立入 勉三(たちいり べんぞう)。所属事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー上方落語協会会員(相談役)。上方落語を聴く会会長(副会長は桂小枝)。大阪市城東区出身。現在は、大阪府豊中市在住。

2019年3月、桂派の由緒ある名跡で師匠の前名である「桂小文枝」を継ぎ、「四代 桂小文枝」を襲名した。

お笑いコンビ・バンビーノの藤田裕樹は、甥(姉の子)にあたる。

来歴・人物[編集]

結三柏は、桂文枝一門の定紋である。

華やかなデビュー[編集]

成城工業高校卒業後にエレベーター会社に勤めるが退職し、1969年7月、3代目桂小文枝(後の5代目桂文枝)に入門。一門では兄弟子6代桂文枝に次ぐ2番弟子となる[1]。芸名は苗字の立入から引っ掛けて「なんや〜。立入禁止みたいやな。」と3代目小文枝が「きん枝」と命名。まもなく月亭八方らとともに大須演芸場で初舞台。往年の人気番組毎日放送ヤングおー!おー!」では弟弟子の桂文珍月亭八方4代目林家小染と共に「ザ・パンダ」として活躍し、全国に名が知れる。要領の悪いところから3代目小文枝に「うっかり」と呼ばれ、最もかわいがられた愛弟子として知られる。同期に間寛平らがいる。

トラブルと謹慎[編集]

私生活でトラブルを起こしたこともある。1979年7月にはLSD疑惑、1981年11月には無免許運転(この事件を機に当時レギュラー出演していた『プロポーズ大作戦』(朝日放送)も降板している)、1983年8月の32歳のときには18歳未満の女子と夜間一緒に歩いていたところを警察官に見つかり任意同行・書類送検されるという事件(俗称「横浜ニャンニャン事件」。今でいう未成年交際疑惑)を起し、激怒した小文枝から謹慎を言い渡され[2]、所属の吉本興業からも無期限謹慎処分を受けた。

5代目文枝は、「謹慎」と言ったのがマスコミには「破門」と書かれたと著書に記している[2]。ただ、単なる「謹慎」だけではいかんという理由で休業、一般企業で勤務することになった[2]。きん枝に目をかけていた山科の経営者の企業が勤務先だった[3]。当時、FRIDAY千里丘山科を電車で通勤する姿が掲載された。

芸能界復帰・二度の改名[編集]

1985年6月に「桂勝枝」の名前で吉本に復帰する[3]。しかしこの当時は島之内寄席に出る程度で、サラリーマン生活を続けていた[3]。その折に、6代目笑福亭松鶴が勝枝を伴って3代目小文枝の自宅を訪れ、「もう戻したれ」と持ちかけ、3代目小文枝はすでに「タイミングの問題だけ」と考えていた[3]。松鶴は4代目林家小染の通夜(1984年1月31日)の際にきん枝に声をかけていたという[3]1986年7月、吉本と3代目小文枝の許可を得て「きん枝」に復名(小文枝は著書で「戻り襲名」と記している[3])。

復帰後[編集]

生前の5代目文枝に「文吾」を襲名したいと申し出たことがある。

2002年には大阪市立大学経済学部2部に社会人入試で合格し、入学。また2004年3月前年の阪神タイガース優勝時の公約により24歳年下の看護師と結婚。翌年第1子誕生。2001年に離婚した前妻の間に1男1女がいるが、一般人のため、公表されていない。

主に関西のテレビ・ラジオなどで活動し、天満天神繁昌亭では「きん枝のがっぷり寄席」を定期的に開催していた。

2010年4月23日に「芸人でも政治家ができると思った」[4]として民主党から第22回参議院議員通常選挙へ出馬すると発表した。今後の芸能活動について、吉本興業と結んでいたマネジメント契約を両者合意の上で一旦解除され、所属していた上方落語協会も退会した[5]。民主党の比例代表候補として出馬するも[6] 落選。同年10月29日の吉本のイベントにおいて復帰し、同日に吉本に復帰した[7][8]。11月9日に上方落語協会に復帰。後に、笑点などでは、これらの顛末を「出入りきん枝!」とネタにされている。

2016年6月22日、上方落語協会の副会長に就任し、外部公演と神戸新開地・喜楽館の責任者の役割を担う[9]

小文枝襲名[編集]

2017年9月、2019年に小文枝を襲名することが発表される[10]

2019年3月12日、なんばグランド花月で「四代 桂文枝襲名披露公演」が開かれ、予定通り小文枝を襲名した[11]。この日は師匠である5代目文枝の命日にも当たっていた[11]。小文枝の名跡は27年ぶりとなる[11]

その他[編集]

プロ野球、阪神タイガースのファンとして知られている。日頃よく阪神甲子園球場に足を運んでタイガースの試合を観戦している。なお、幼少期は大阪球場を本拠としていた南海ホークスファンであった。

笑点』の東西大喜利の際は、出演してるきん枝の事をネタにされると、兄弟子の桂文枝(桂三枝)が「また、お前。何かやったんか!」、「ええ加減にせえよ!」と扇子できん枝の頭を叩いてツッコむのがお約束となっている。

出演番組[編集]

現在[編集]

  • 京都発よしもとハッピーアワー しほう八方、進入きん枝(2014年4月 - 、KBS京都)水曜日

過去[編集]

その他の出演[編集]

Vシネマ[編集]

映画[編集]

著書[編集]

弟子[編集]

詳しくは文枝一門

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 5代目桂文枝 『あんけら荘夜話(新装版)』 青蛙房、2011年11月、小佐田定雄。