桑島主計

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桑島 主計(くわしま かずえ、1884年明治17年)3月4日[1] - 1958年昭和33年)9月24日[2])は、日本外交官。駐オランダ公使ブラジル大使

経歴[編集]

香川県出身。1906年(明治39年)に早稲田大学政治科を卒業し、外務書記生試験に合格した[3]清国に在勤し、1908年(明治41年)に高等文官試験に合格し、外務属となった[3]1911年(明治44年)、外交官及領事官試験に合格し、領事官補、領事、外務書記官帝都復興院書記官、大使館一等書記官を歴任し、その間に奉天漢口サンフランシスコバンクーバーシカゴワシントンD.C.に勤務した[3]。さらにホノルル総領事、漢口総領事、大使館参事官、天津総領事、外務省亜細亜局長、同東亜局長を務めた[4]1937年(昭和12年)、駐オランダ公使となり、翌年に駐ブラジル大使に転じた[4]

退官後は大政翼賛会興亜局企画部長となった[5]

脚注[編集]

  1. ^ 戦前期官僚制研究会編『戦前期日本官僚制の制度・組織・人事』東京大学出版会、1981年。
  2. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ、2012年。
  3. ^ a b c 大衆人事録 1937.
  4. ^ a b 日本官界名鑑 1940.
  5. ^ 人事興信録 第14版(上) 1943.

参考文献[編集]

  • 帝国秘密探偵社編 『大衆人事録 第12版』 帝国秘密探偵社、1937年
  • 日本官界情報社編 『日本官界名鑑 昭和十五年版』 日本官界情報社、1940年
  • 人事興信所編 『人事興信録 第14版(上)』 人事興信所、1943年