森川重信

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森川重信
時代 江戸時代前期 - 中期
生誕 正保2年(1645年
死没 宝永3年6月7日1706年7月16日
改名 次郎八(幼名)、重信、知閑(法号)
戒名 覚林院月窓知閑
墓所 千葉県千葉市中央区の重俊院
官位 従五位下、出羽
幕府 江戸幕府
下総生実藩
氏族 森川氏
父母 父:森川重政、母:板倉重宗の娘
兄弟 重般重信、重高
正室:井上正利の娘
俊胤、俊央(次男)、戸田氏紀(三男)、
娘(森川俊勝室)

森川 重信(もりかわ しげのぶ)は、下総生実藩の第3代藩主。

生涯[編集]

正保2年(1645年)、第2代藩主・森川重政の次男として生まれる。長兄の重般が病弱のため廃嫡された後、父から世子に指名された。寛文3年(1663年)、父の死去により家督を継ぎ、12月28日に従五位下・出羽守に叙位・任官する。

元禄5年(1692年)6月27日、病気により家督を長男の俊胤に譲って隠居する。宝永3年(1706年)6月7日に死去した。享年62。