検見川町

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けみがわまち
検見川町
廃止日 1937年2月11日
廃止理由 編入合併
蘇我町都村都賀村検見川町千葉市
現在の自治体 千葉市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
千葉郡
面積 11.05km2
総人口 9,094
(1935年)
隣接自治体 千葉市
千葉郡幕張町、都賀村、犢橋村
検見川町役場
所在地 千葉県千葉郡検見川町大字検見川473番地
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検見川町(けみがわまち)は、かつて千葉県千葉郡に存在した町である。千葉市の地名(けみがわちょう)として現存する。千葉街道宿場町であり、千葉郡の拠点の一つであったが、現在では、本町の一大字であったものの、総武本線快速停車駅を擁し、区名にもなっている稲毛との立場が逆転している。

沿革[編集]

歴史[編集]

  • 戦国時代 - けみ川の地名が見られる。
  • 江戸時代 - 以下の3村が成立。
    • 検見川村 - 幕府領、旗本金田氏・清野氏の相給→幕府領、旗本金田氏・清野氏・吉田氏の相給→幕府領、旗本金田氏・清野氏・吉田氏・小林氏の相給。ほかに八坂神社・熊野神社・鷲神社の各除地、定使免除地。
    • 稲毛村 - 幕府領、旗本石河氏・浅倉氏の相給→幕府領、旗本浅倉氏の相給。ほかに浅間神社除地。
    • 畑村 - 旗本宮城氏領→旗本宮城氏・金田氏知行→旗本宮城氏・金田氏・遠山氏知行→幕府領、旗本金田氏・遠山氏の相給。
  • 1868年(明治元年)8月8日 - 3村が下総知県事の管轄となる。
  • 1869年(明治2年)1月13日 - 下総知県事が葛飾県となる。
  • 1871年(明治4年)11月13日 - 葛飾県が印旛県に統合。3村が印旛県の管轄となる。
  • 1873年(明治6年)6月15日 - 印旛県が木更津県に統合して千葉県が発足。3村が千葉県の管轄となる。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行より、検見川村、稲毛村、畑村が合併し、千葉郡検見川村が発足。善勝寺に村役場を設置。旧3村が3つの大字となる。
  • 1891年(明治24年)5月1日 - 町制を施行して検見川町となる。
  • 1894年(明治27年) - 町役場を検見川91番地に移転。
  • 1899年(明治32年)9月13日 - 総武鉄道幕張駅 - 千葉駅間の延伸開業にともない稲毛駅が開業。
  • 1907年(明治40年)9月1日 - 総武鉄道が国有化し、総武本線となる。
  • 1921年(大正10年)7月17日 - 京成電鉄千葉線津田沼駅(現在の京成津田沼駅) - 千葉駅(現在の千葉市中央区・中央公園付近)間の開業にともない検見川駅が開業。
  • 1937年(昭和12年)2月11日 - 千葉市に編入。同日検見川町廃止。
  • 1992年(平成4年)4月1日 - 千葉市が政令指定都市に移行し、旧・検見川町域は、旧・検見川村、畑村(検見川市民センター管轄)が花見川区、旧・稲毛村(編入後に市役所本庁管轄に移行)が稲毛区になる。

交通[編集]

鉄道[編集]

現在は総武本線新検見川駅が町域内に存在するが、検見川町が存在した時期には開業していなかった。

道路[編集]

教育[編集]

名所[編集]

現在の町名[編集]

  • 住居表示実施地区
    • 旧・検見川村 : 花園、南花園、朝日ヶ丘(一部)、瑞穂(一部)
    • 旧・稲毛村 : 稲丘町、稲毛、稲毛台町、稲毛東、黒砂(一部)、小仲台(一部)
    • 旧・畑村 : 朝日ヶ丘、さつきが丘、瑞穂、宮野木台(それぞれ一部)
  • 住居表示未実施地区
    • 旧・検見川村 : 朝日ヶ丘町、検見川町、浪花町、花園町
    • 旧・稲毛村 : 稲毛町
    • 旧・畑村 : 畑町

関連項目[編集]