榊原良行

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榊原 良行
榊原良行.JPG
兄弟エレファンツコーチ時代(2011年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 静岡県浜松市
生年月日 (1949-06-13) 1949年6月13日(68歳)
身長
体重
175 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手
プロ入り 1974年 ドラフト4位
初出場 1975年4月6日
最終出場 1984年6月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

榊原 良行(さかきばら よしゆき、1949年6月13日 - )は、静岡県浜松市出身の元プロ野球選手内野手)・コーチ。娘は元バスケットボール女子日本代表主将の榊原紀子

来歴・人物[編集]

浜松商では1967年の夏に主将、遊撃手として静岡大会決勝に進出。松下勝美投手慶大松下電器)を擁する清水東に1-0で辛勝し、第49回全国高等学校野球選手権大会に出場。初戦の1回戦で土佐萩野友康投手に苦しめられ、延長11回の末に3-6で敗退する[1]

中央大学に進学し、東都大学リーグでは1970年秋季リーグ優勝。この時の主戦投手は高校の1年先輩である杉田久雄であった。同年の第1回明治神宮野球大会に出場するが、2回戦で東海大に敗退。1971年春季リーグでは二塁手としてベストナインに選出される。

卒業後は日本楽器に入社。1972年には第43回都市対抗野球大会に出場。新美敏池谷公二郎の好投もあって、チームは決勝で三菱自動車川崎を降し初優勝を飾る。その後も1974年まで都市対抗に連続出場。国際大会では1972年に第20回アマチュア野球世界選手権日本代表となる。1973年には第1回インターコンチネンタルカップ日本代表に選出され、日本の優勝に貢献した。

1974年のドラフト4位で阪神タイガースに入団、1年目から一軍に定着する。バットの半分あたりを短く持って振りぬく打撃と、堅実な守備、正確なバントなど野球技術の高さを武器に、内野ならどこでも守れるユーティリティープレーヤーとして1977年から1980年まで4年連続で100試合以上に出場した。1978年には藤田平の一塁コンバートもあって、シーズン後半に遊撃手の定位置を確保し、初めて規定打席(24位、打率.288)に達する。1979年には真弓明信が移籍してきたため二塁手に回る。両年とも主に2番打者としてつなぎ役に徹した。

1981年オフに宇田東植とのトレードで日本ハムファイターズに移籍。ここでも主に二塁手として起用されるが、1984年限りで現役引退。

引退後は日本ハムに残り1985年は二軍守備・走塁コーチ、1986年には阪神に戻り一軍守備・走塁コーチになり1987年まで務めた。 1988年から1989年まで中日ドラゴンズ二軍内野守備・走塁コーチ、 1990年は同球団一軍内野守備コーチ、1991年阪神二軍内野守備・走塁コーチ, 1992年から1995年まで一軍内野守備・走塁コーチ、 1996年一軍内野守備コーチ、 1997年から1998年まで二軍内野守備コーチを務めた。1999年2005年まで台湾中華職業棒球大聯盟兄弟エレファンツ内野コーチ(2002年~2005年はヘッドコーチ兼任)、2004年には臨時代行ながら兄弟の監督を務めた。2006年から2010年まで京都ファイアーバーズコーチ、2011年から2012年まで再び兄弟コーチ、2013年から2014年まで台湾社会人野球・崇越科技のヘッドコーチを務めた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1975 阪神 47 65 56 10 11 3 0 0 14 1 1 0 0 0 8 1 1 8 0 .196 .308 .250 .558
1976 64 122 104 12 22 4 0 2 32 6 4 1 5 1 11 2 1 24 1 .212 .291 .308 .598
1977 100 234 195 29 43 7 1 7 73 21 2 3 16 1 22 1 0 31 5 .221 .298 .374 .673
1978 105 423 358 50 103 20 0 3 132 28 8 8 17 2 36 1 10 47 7 .288 .367 .369 .736
1979 106 353 321 32 81 11 0 4 104 14 2 7 2 1 24 0 5 51 8 .252 .313 .324 .637
1980 105 274 231 30 59 5 1 2 72 11 5 3 16 0 26 1 1 34 4 .255 .333 .312 .645
1981 41 78 65 9 13 1 0 0 14 0 0 1 5 0 8 1 0 11 2 .200 .288 .215 .503
1982 日本ハム 48 104 95 9 27 7 1 1 39 7 1 1 2 0 6 0 1 11 4 .284 .333 .411 .744
1983 65 144 118 14 27 5 0 1 35 8 2 1 7 1 18 0 0 17 2 .229 .328 .297 .625
1984 8 12 9 2 1 0 0 0 1 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 .111 .111 .111 .222
通算:10年 689 1809 1552 197 387 63 3 20 516 96 25 25 73 6 159 7 19 234 33 .249 .325 .332 .658

記録[編集]

背番号[編集]

  • 37 (1975年 - 1981年)
  • 31 (1982年 - 1985年)
  • 85 (1986年 - 1987年)
  • 76 (1988年 - 1998年)

脚注・出典[編集]

  1. ^ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年

関連項目[編集]