構造計画研究所

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株式会社構造計画研究所
KOZO KEIKAKU ENGINEERING Inc.
ファイル:Kke logo.jpg
種類 株式会社
市場情報
略称 構研、 KKE
本社所在地 日本の旗 日本
164-0012
本所 東京都中野区本町4丁目38番13号 日本ホルスタイン会館内
本所新館 東京都中野区中央4丁目5番3号
設立 1959年(昭和34年)5月6日
業種 情報・通信業
法人番号 7011201001655
事業内容 エンジニアリングコンサルティングサービス 78%
プロダクトサービス 22%
代表者 代表取締役社長 服部正太
取締役会長兼取締役会議長 阿部誠允
資本金 10億1020万円
発行済株式総数 6,106,000
売上高 115億00百万円(2018年6月期)
営業利益 11億0000万円(2018年6月期)
純利益 8億6000万円(2018年6月期)
純資産 43億47百万円(2018年6月現在)
総資産 125億75百万円(2018年6月現在)
従業員数 599名(2019年4月1日現在)
決算期 6月30日
主要株主 日本トラスティ信託口 13.5%
南悠商社 8.9%
服部正太 7.9%
(2018年12月現在)
関係する人物 服部正(創業者)
外部リンク http://www.kke.co.jp/
特記事項:一級建築士事務所、建築コンサルタント登録
ISO9001、ISO14001認証登録
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株式会社構造計画研究所(こうぞうけいかくけんきゅうしょ)は日本のエンジニアリングコンサルティング組織。略称は構研、KKE

概要[編集]

日本の構造設計事務所として長い歴史を持つ。創業者の服部正はもともと東京工業大学建築学科で谷口忠教授の研究室で助手として構造設計研究に携わっており、1956年に服部正構造計画研究所を設立、大学発のベンチャー企業であった。

1950年代後半は戦後の経済復興を象徴する形で、各地方の城郭の復元がさかんおこなわれで、和歌山城熊本城の復元工事を東京工業大学藤岡通夫教授藤岡通夫の指導の下、担当する。構造設計業務の多忙さを解消し、より価値のある業務に専念しようと1960年に単身イリノイ大学ニューマーク教授Nathan M. Newmarkを訪問し電子計算機の重要性を認識する。帰国後すぐに通産省に導入の申請をし、当時初任給が一万二千円の時代に月額リース50万円の最新鋭機IBM1620-IIBM 1620を導入した。その後、高層建築や特殊な形状の建築を中心に、構造設計を事業の主軸とする。 同社は、価値の高いエンジニアリングソフトウェアの普及を目指し、1970年には米国データジェネラル社のライセンス生産を日本で行うために株式会社日本ミニコンピュータを設立した。当時のシャープの佐々木正氏、武田技研の武田郁夫氏らを巻き込んで1970年代のミニコンブームの先鞭をつけた。 また耐震・免震構造を担当する独立の部門を設置している。2002年には、森ビル六本木ヒルズ計画に参画。2007年には上海にも構造設計のための事務所を開設した。

設立当時は多くの企業で構造設計に機械式卓上計算機を使っていたが、1961年に服部らは日本で初めて構造設計の業務プロセスにコンピュータIBM 1620)を導入した。以後コンピュータユーザーの先駆けとして日本IBM常務から富士通に移籍した安藤馨を支援し、FACOMの開発では、東工大の先輩でもある池田敏雄をサポートしOSの開発にも協力するほか、エンジニアリング向けのソフトウェア開発ビジネスを開始する。そのためIT企業としてのソフトウェア開発経験の蓄積にも強みがある。1980年代には移動体通信事業に参入し、大規模なネットワーク開発にも取り組むほか、ソリューションやマーケティング事業も展開する。1970年代に始まったオペレーションズリサーチ技術による最適化手法や1990年代にマーケティングコンサルティングビジネスなど新規領域への挑戦が続く。日本の技術コンサルティングファームの中でもかなり歴史が長い会社であるが、大学発のベンチャー企業として出発したため、現在に至るも新領域の開拓には意欲的である。社会の制度設計にも積極的に関わり、マルチエージェント手法によるシミュレーションやリスク分析のソフトウェアCrystalBallなどを世に問うている。

熊本県知事を目指した細川護熙を支援し、当時の通産省のテクノポリス構想を実現すべく熊本県大津町に事業所設立を決定した後、創業者・服部正は急逝した。

近年は、国内外のベンチャー企業との連携による新規事業の創出を積極的に推進しており、LockState社(米国)、プロメテック・ソフトウェア株式会社、Symphony Creative Solutions社(シンガポール)、GDEPソリューションズ株式会社、NavVis(ドイツ)等に資本参加している。

企業理念[編集]

「大学、研究機関と実業界とをブリッジする総合エンジニアリング企業」を標榜する(公式サイトより)。とくに「工学知」を重視している。企業として多くの学会に参加しているほか、社員も論文・書籍の執筆や学会発表をさかんに行っている。

会社として以下の5つの活動を行うとしている(公式サイトより引用)。

  • Intelligent(知による社会貢献)
  • Interdisciplinary(多様な学問分野の融合)
  • Innovative(常に新しいことに対して挑戦する気概)
  • International(異なる知を持つ海外パートナーとの連携)
  • Independent(何にもとらわれない自由な発想の出来る場)

近年は、Professional Design & Engineering Firmの組織形態を標榜し、Thoughtとして、Innovating for a Wise Futureを提唱する。科学技術を社会に伝播する生業(なりわい)をエンジニアリングとして、同組織のミッションと考える。 現在の同社所員の中では、外国籍所員は6.8%の比率。彼ら彼女らは、日本政府留学生として来日し日本の大学院課程を修了した経歴を持つ人物と、2015年からシンガポールで採用し日本にて勤務する優秀なエンジニアがいる。 中興の祖と尊敬される富野壽は、経営学者野中郁次郎氏の知の構造図を模して、構造計画研究所のビジョンを確立した。現社長の服部正太は、経済学者岩井克人氏の日本的経営2.0を理想として掲げ、21世紀型知識集約型企業を日々模索している。

沿革[編集]

  • 1956年5月品川区上大崎1丁目768番地にて創業。
  • 1959年5月6日に株式会社として改組。
  • 1963年4月1日中野区本町4丁目日本ホルスタイン会館に移転。
  • 1965年、大阪支社を設置。
  • 1966年、九州支所設置。
  • 1969年、サンフランシスコにInternational logic corporationを設立。
  • 1973年、北海道支所を設置(2007年に本社に統合)。
  • 1978年、東北支所を設置(1982年に北海道支所に統合)。
  • 1983年1月29日、創業者服部正逝去。
  • 1985年、熊本構造計画研究所を開設(主にソフトウェア開発を担当)。
  • 1989年、福岡営業所を設置(2003年に大阪支社に統合)。
  • 1992年、中部営業所を設置。
  • 1999年、東京都に本社新館(中野区中央)が完成。
  • 2000年JASDAQ市場に上場。
  • 2007年、上海駐在員事務所を設置。
  • 2008年、LockState社(米国コロラド州)に資本参加。
  • 2012年、東大発ベンチャーのプロメテック・ソフトウェア株式会社に資本参加。
  • 2016年、福岡支社を再設置(博多駅JRJPビル8階)
  • 2016年、米国NVIDIA社のElite Solution ProviderであるGDEPソリューションズ株式会社に資本参加。
  • 2017年、名古屋支社(旧中部営業所)を名古屋駅近隣に転居(名古屋JPタワービル25階)