樋詰橋

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左岸下流側、低水敷より望む

樋詰橋(ひのつめばし、ひつめばし)は、埼玉県桶川市川田谷に架かる、荒川本流上の冠水橋である。桶川市道18号線[1]を通す。

概要[編集]

荒川は昔、樋詰村(現桶川市大字川田谷字樋詰)の南西にある「旧荒川」を含む流路が本流だった。 極端に蛇行していた部分で、氾濫を繰り返していたため、1920年(大正9年)より開始された荒川の河川改修[2][3]の一環で、昭和初期に行われた荒川の河川改修などによる流路変更によって直線化されたことにより、荒川と旧荒川の間に取り残された同地区の農耕地を結ぶ生活道路となっている橋である。 現行橋は全長49.48メートル、幅員3.14メートル[4]の木桁橋で、橋脚は鋼管製である。各種通行制限があり、幅員制限は標識にて1.8 mで橋の両入口に進入制限用のポールがあり、重量制限は標識にて3.0 tとなっている。スリップ防止のため、路面はアスファルト舗装がされている。道幅が狭いことから片側交互通行である。管理者は桶川市である。右岸側の取り付け道路は荒川右岸の堤防に設けられた荒川横堤(出丸第二横堤)に至る。 近接する開平橋太郎右衛門橋が通勤時間帯である朝夕を中心に混雑し、桶川・上尾市から川島町方面、および入間川に架かる冠水橋の出丸橋を経由して川越市方面への抜け道となるため、冠水橋としては通行量はかなり多い。冠水橋なので、荒川の増水時は欄干が撤去され、通行止めとなる事がある[5][6][7]。欄干の着脱は管理要員として年間委託された近隣住民が行なっている。

1996年(平成8年)秋、台風17号よる洪水で流失し、1997年(平成9年)3月5日復旧し開通している[8]

橋の周辺[編集]

樋詰橋周辺の荒川

周辺は広大な河川敷を右岸側に有している。荒川が複雑に蛇行していた名残で、一部は河跡湖として残っている。河川敷は主に農地になっている。 右岸側は荒川沿いの低地に位置し、連続した堤防が設けられているが、左岸側は大宮台地の南方に延びる舌状台地の先端に位置しており、連続した堤防が存在しない。旧荒川で桶川市と川島町との境界を成しているほか、橋の下流側は江川を挟み上尾市の市域となっている。

風景[編集]

隣の橋[編集]

(上流) - 荒川渡河橋 - 太郎右衛門橋 - 樋詰橋 - 西野橋 - 開平橋 - (下流)

脚注[編集]

  1. ^ 通行止め・通行規制橋梁リスト(H23.4月時点) (PDF) p.9 - 国土交通省
  2. ^ 荒川の歴史 明治時代以降 - 国土交通省 関東地方整備局 荒川上流河川事務所
  3. ^ 荒川上流部改修100年 - 国土交通省 関東地方整備局 荒川上流河川事務所
  4. ^ 荒川の潜(もぐ)り橋「冠水橋」 - 荒川知水資料館(Ara on line)(2013年2月6日付けのアーカイブキャッシュ)
  5. ^ 台風18号に伴う樋詰橋通行止めについて”. 桶川市. 2014年10月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2015年9月2日閲覧。
  6. ^ 台風18号に伴う交通規制について(通行止め)”. 桶川市 (2015年9月9日). 2015年9月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月10日閲覧。
  7. ^ 交通規制情報”. 川島町 (2015年9月9日). 2015年9月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月10日閲覧。
  8. ^ 秘書広報課『広報おけがわ 3/15』第704号、桶川市役所、1997年3月15日、 4頁。

参考文献[編集]

  • 『市制10周年記念 広報おけがわ縮刷版 第一巻』 桶川市役所総務部広報広聴課、1980年9月10日。
  • 埼玉県立さきたま資料館編集『歴史の道調査報告書第七集 荒川の水運』、埼玉県政情報資料室発行、1987年(昭和62年)4月。

関連項目[編集]

座標: 北緯35度58分17.8秒 東経139度31分57.1秒 / 北緯35.971611度 東経139.532528度 / 35.971611; 139.532528