横地森太郎

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横地 森太郎(よこち しんたろう、1935年(昭和10年)10月31日 - )は、日本の水泳選手。ポルトガル陸軍士官学校教官。ポルトガルオリンピック水泳代表監督を5回務めた。

経歴[編集]

1935年(昭和10年)広島県坂町に生まれる。広島市への原爆投下時は疎開していたが、投下3日後に入市して間接被爆[1]。1954年修道高等学校を卒業し[2]早稲田大学に進学。早稲田大学在学中は水泳選手として活躍し、1957年戦後日本と中国の初めてのスポーツ交流となる中国遠征に参加、周恩来首相が姿を見せ握手するなど歓迎を受けた[3]。1957年日本学生選手権水泳競技大会競泳競技では100メートル自由形3位、800メートルリレー(早大チームの2泳として参加)は1位となる。早稲田大学卒業後の1958年アジア大会(東京)では100メートル自由形3位となり銅メダル獲得[4]

1958年、日本水泳連盟の推薦でポルトガルに渡り[5]、ポルトガル陸軍士官学校の水泳指導教官として勤める。その間、ポルトガルの水泳代表チーム監督として5回オリンピックに出場した[6]。水泳日本代表チームの欧州遠征にも裏方としてサポートを続け、2007年日本水泳連盟から特別功労賞を表彰された[7]リスボンの日本料理レストランのオーナーも務める。

息子はポルトガルのオリンピック水泳選手Alexandre Yokochi[8]

脚注[編集]

関連項目[編集]