横澤高徳

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横澤 高徳
よこさわ たかのり
生年月日 (1972-03-06) 1972年3月6日(47歳)
出生地 日本の旗 岩手県紫波郡矢巾町
出身校 岩手県立盛岡工業高等学校
前職 スズキ従業員
所属政党無所属→)
国民民主党
公式サイト 横沢高徳公式サイト

選挙区 岩手県選挙区
当選回数 1回
在任期間 2019年7月29日 - 現職
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横澤 高徳(よこさわ たかのり、1972年3月6日[1] - )は、日本の政治家、元パラリンピック選手[2]国民民主党所属の参議院議員。

来歴[編集]

岩手県紫波郡矢巾町生まれ[3]。矢巾町立不動小学校、矢巾町立矢巾中学校卒業[1]

1990年(平成2年)3月、岩手県立盛岡工業高等学校卒業。同年、テストライダーとしてスズキに就職。1995年にモトクロス国際A級ライセンスを取得[4]。全日本モトクロス選手権などに参戦。

1997年 練習中の事故で脊髄を損傷。車いす生活となる。

リハビリ中に出合ったチェアスキーに魅せられ、2010年バンクーバーパラリンピックアルペンスキー日本代表として出場した[2]

2019年2月1日、日本共産党自由党社会民主党国民民主党の4党県組織の会合で、自由党が横澤を次期参院選岩手県選挙区の統一候補に推薦。この時点で共産党と社民党への根回しは終わっており、2月18日に3党は正式に横澤擁立を決定した。一方、国民民主党県連はこれに反発し、2月19日に同党県連の階猛代表代行は「私たちの建設的な提案が一顧だにされないまま結論に至り、甚だ遺憾」と述べた[5]。階らは黄川田徹元衆議院議員の擁立を主張したが、調整は進まず、最終的に5月11日に国民民主党県連は黄川田の擁立断念を発表し、黄川田・階らは参院選の候補者調整や国民民主党と自由党の合併への反対を理由に離党の意向を示した[6]

その後横澤は国民民主党と立憲民主党の推薦を得て、7月21日に行われた第25回参議院議員通常選挙岩手県選挙区(改選数1)から無所属で立候補。自民党現職の平野達男民主党から自民党に転向した事への有権者の不信感を払拭しきれず、県内全33市町村のうち24市町村で上回ったものの、県都盛岡市で約1万5千票も引き離されたことが痛手となり、横澤に初当選を許した[7][8]

同年7月23日、横澤は国民民主党に入党すると発表し[9]、翌24日に入党が承認された[10]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 横沢高徳 | よこさわ・たかのり | 参議院岩手選挙区・野党統一候補”. 2019年7月24日閲覧。
  2. ^ a b 野党推薦の元パラ選手、横沢高徳氏が当選確実 岩手選挙区 - 産経ニュース” (2019年7月21日). 2019年7月24日閲覧。
  3. ^ 横沢たかのり - 立憲民主党
  4. ^ “【参院選】岩手・主な候補者の横顔”. 産経新聞. (2019年7月7日). https://www.sankei.com/region/news/190707/rgn1907070010-n1.html 2019年7月24日閲覧。 
  5. ^ 片桐大介 (2019年2月20日). “<参院選岩手>野党共闘 狂う歯車 3野党が新人擁立発表”. 河北新報. https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201902/20190220_31004.html 2019年7月24日閲覧。 
  6. ^ 参院選:国民県連、野党統一候補・黄川田氏の擁立断念 離党、代表辞任 /岩手”. 毎日新聞 (2019年5月12日). 2019年8月18日閲覧。
  7. ^ “<参院選岩手>「小沢流」と労組が呼応 横沢氏、最終盤に逆転成功”. 河北新報. (2019年7月23日). https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201907/20190723_31048.html 2019年7月26日閲覧。 
  8. ^ 野党統一候補の横沢高徳氏が初当選…岩手選挙区 : 選挙・世論調査 : 読売新聞オンライン” (2019年7月21日). 2019年7月24日閲覧。
  9. ^ “横沢氏が国民民主入党へ”. 時事通信. (2019年7月23日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2019072301103&g=pol 2019年7月24日閲覧。 
  10. ^ 総務会、岩手選挙区で当選した横澤高徳参院議員の入党を承認国民民主党2019年7月24日付