橋本純次

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橋本 純次(はしもと じゅんじ)
生誕 1916年1月27日
日本の旗 日本
死没 (1983-04-18) 1983年4月18日(67歳没)
研究機関 東京高等師範学校
神戸大学
出身校 東京文理科大学
主な受賞歴 勲五等瑞宝章(1983年、没時陞勲)
プロジェクト:人物伝
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橋本 純次(はしもと じゅんじ、1916年(大正5年)1月27日 - 1983年(昭和58年)4月18日)は、日本数学者。専門は一般代数学、束論(特に分配束)[1]神戸大学理学部長[2]。勲五等瑞宝章兵庫県明石市出身。一般には数学教育分野、特に参考書であるチャート式数学の著者として知られる。

来歴[編集]

1916年父橋本久一、母ぬいの長男として兵庫県明石市に生まれる。県立明石中学東京高師文理大を卒業後山梨県等で教職に携わった後、戦後神戸工専から神戸大学文理学部創設とともに同大学助教授教授、理学部長

年譜[編集]

  • 1928年(昭和3年) - 県立明石中学入学。
  • 1932年(昭和7年) - 東京高等師範学校入学
  • 1934年(昭和9年) - 東京文理科大学入学
  • 1937年(昭和12年) - 東京文理科大学卒業
  • 1951年(昭和26年) - 神戸大学文理学部助教授[3]
  • 1954年(昭和29年) - 神戸大学理学部助教授
  • 1957年(昭和32年) - 理学博士(大阪大学位授与)
  • 1960年(昭和35年) - 神戸大学教授
  • 1965年(昭和40年) - 神戸大学理学部長
  • 1969年(昭和44年) - 神戸大学退官
  • 1983年(昭和58年) - 死去、満67歳。贈正四位、贈勲五等瑞宝章(没時叙位陞勲)

脚注[編集]

  1. ^ 「分配束での橋本純次の定理がいくつか詳しく述べられている。(中略)かれのもっとも重要な仕事は,ultraproduct に対応する概念を,filter でなく ideal をつかって,weak direct product とよび,Birkhoff の束の問題を解いていった。」井関清志 国際数理科学協会会報 No.54/ 2007.11 P.6
  2. ^ 神戸大学同窓会誌「くさだより」No.20 特別記念号P.20 歴代学部長
  3. ^ 神戸大学学報 号外 昭和26年5月30日発行