欽ちゃんの仮装大賞

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欽ちゃん&香取慎吾の
全日本仮装大賞
ジャンル バラエティ番組 / 特別番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本テレビ
演出 瓜生健
監修 神戸文彦
プロデューサー 鈴木雅人(CP)
斎藤政憲
出演者 萩本欽一
香取慎吾SMAP、第65回 - )
ほか
音声 ステレオ放送
字幕 文字多重放送(第73回 - )
オープニング 「欽ちゃんの全日本仮装大賞テーマ」(作曲:木森敏之
エンディング 同上
外部リンク 公式サイト
欽ちゃんの紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!
第1回全日本仮装大賞〜なんかやら仮そう!〜
放送時間 21:00 - 23:30(150分)
放送期間 1979年12月31日(通算1回)
欽ちゃんの爆笑仮装コンテスト 全日本仮装大賞
放送時間 下記参照
放送期間 1980年5月3日 - 2001年9月29日
(通算2 - 64回)
欽ちゃん&香取慎吾の新!仮装大賞
放送時間 同上
放送期間 2002年1月1日
2003年9月28日 - 2006年5月6日
(通算65、70 - 76回)
欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞
放送時間 19:00 - 20:54※(114分)
放送期間 2002年4月12日 - 2003年3月31日
2007年1月5日 - 現在
(通算66 - 69、77 - 88回)

特記事項:
スタッフ、※が付いている放送時間は第88回(2012年5月5日放送)現在。
ナレーション:堀敏彦(第26回 - )
受賞歴については#受賞を参照。
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欽ちゃんの仮装大賞』(きんちゃんのかそうたいしょう、英字表記:ALL JAPAN KASOH GRAND-PRIX[1])は、日本テレビ系列で年2回、1月と5月に放送(以前は年3回、9月にも放送)されている視聴者参加型番組である。2012年5月5日の放送で、88回目を数える。

番組タイトルは過去に何度か変遷しているが(詳細は#概要の項参照)、本記事名は通称である「欽ちゃんの仮装大賞」とする。

目次

概要

番組内容

毎回全国の視聴者がアイディアを練り、東京TOKYO DOME CITY HALL(元JCBホール、現在の収録会場)、東京ビッグサイト千葉幕張メッセ(以前は水道橋の後楽園ホールで行われた)を舞台に、練習を重ねて作り上げた「仮装作品」で優勝賞金100万円を目指して競い合う番組。募集は電話・はがき・インターネットにより受け付ける(初期には『ズームイン!!朝!』で募集をしていた)。全国各地で予選を行い、その中から約30 - 50組ほどが本選に出場する。 近年では約35組に限られている。

番組の歴史

人気お笑いコンビ・コント55号萩本欽一が司会をするこの番組は、1975年から3年連続で大晦日に放送された『コント55号の紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!なんてことするの!?』の流れを汲んで企画された。初放送は1979年12月31日の21:00 - 23:30で、このときのタイトルは『欽ちゃんの紅白歌合戦をぶっ飛ばせ!第1回全日本仮装大賞〜なんかやら仮そう!〜』( - こうはくうたがっせんをぶっとばせ!だいいっかいぜんにほん - )であった。新宿コマ劇場を舞台に全国の予選を勝ち抜いた78組が出場した。

当初は仮装行列的な作品が中心だったが、回を重ねるごとにその内容が進化。1988年1月2日に放送された第23回大会からは、初のハワイ予選を皮切りにロサンゼルス香港台湾などでも、放送と地区予選が行なわれるほどの国際的番組に成長していった。

放送開始から2001年までの23年間は、萩本の単独司会だったが、2002年1月1日に放送された第65回からは、SMAP香取慎吾が萩本と共に司会を務める事となった。これ以降、香取は萩本のアシスタント的役割を中心にし、進行兼アシスタント的存在となっている。

なお萩本は1985年3月に当時のレギュラー番組を全て降板し休養に入っているが、唯一本番組だけは例外として、休養期間中(回数で言うと第15回・第16回)も司会を務めた。萩本が後に語ったところによれば、萩本は休養宣言時に本番組からも降板するつもりだったところ、番組立ち上げ時のディレクターである齋藤太朗から「欽ちゃんの番組は欽ちゃんがやめると言えば終わりだけど、これは素人の番組だ。俺が一生懸命作って、素人ががんばったんだよ。欽ちゃんはその司会をしているんで、勝手にやめるっていえないんじゃないの」と説得され、降板を思いとどまったという[2]

番組タイトルは何回か変更されている。第64回までは『欽ちゃんの爆笑仮装コンテスト 第○回全日本仮装大賞』( - ばくしょう - )だったが、香取が司会に着任した第65回と第70回 - 第76回までは『欽ちゃん&香取慎吾の新!仮装大賞』( - アンド・かとりしんごのしん - )に変更された。また、第66回 - 第69回、そして第77回からは『欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞』となり現在に至る。

第1回から第4回までは、基本的に年末年始・春の年2回放送であった。しかしながら、応募者の増加と第4回の20.8%という高視聴率により、第5回から基本的に正月・春・秋の年3回放送となった。しかし、第70回を最後に秋大会が廃止となり、現在は1月上旬(収録は年末~正月三が日、放送は成人の日前後)と春(収録は昭和の日前後、放送はこどもの日前後)の年2回放送に戻っている。

過去には『スーパースペシャル』、『木曜スペシャル』などの枠で放送されていた。また、1982年以降(第5回)の正月放送分は18:30 - 20:54の2時間半枠(※第23回を除く)、香取加入後の3年間は18:00 - 20:54の3時間枠で放送されていたことがある。その後は正月大会を1月第1週または第2週に、春大会を5月第1週に放送している。現在での放送時間枠は正月大会・春大会共に19:00 - 20:54の2時間枠となっている。

受賞

香取加入後のトピックス(2002年 -)

  • 英国のポップス・アーティストペット・ショップ・ボーイズ2003年に発表した『Flamboyant』のプロモーション・ビデオにおいて、この番組の映像が随所にフィーチャーされている。
  • 2005年の『24時間テレビ』にて、「史上最大の生・仮装大賞」と題し、24時間テレビのメイン会場である日本武道館にて、記憶に残る歴代の優勝者や出場者が集結し、再び名作を披露した。さらに、岩手にある養護学校の生徒達も、武道館で仮装を披露した。詳細は「欽ちゃんの仮装大賞の作品一覧」を参照。
  • フランスでは2006年、日本テレビの指導と協力を受け、現地オリジナルバージョンの『仮装大賞』が制作された。
  • 2008年5月3日に放送された第80回のオープニングでは、タモリ所ジョージ森光子が番組開始30周年と80回記念ということで、VTRでお祝いのメッセージが放送された(タモリは第2回 - 第4回に、所は第1回 - 第23回(不参加あり)に、森光子は第13回に審査員として出演していた)。なお、VTRとはいえ、タモリが日本テレビに出演したのは当時珍しいことであった。(その後、タモリは2008年11月29日に放送された特別番組『タモリ教授のハテナの殿堂?』にも出演している)
  • 第81-85回は、審査方法に若干のリニューアルが行われた。(詳細は#審査の項参照)
  • 2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の関連で番組編成が大幅変更となり、3月17日19:00-20:54の枠で当初予定の番組[3]を変更し、急遽『欽ちゃん香取慎吾の元気が出る仮装大賞!汗と涙と感動の71作品大連発スペシャル!!』と題し、これまでの傑作選を放送した(画面両サイドに出場者募集のほか『24時間テレビ東日本大震災緊急募金の案内を表示。また、L画面対応で災害関連情報を表示した)[4]。ちなみに同特番のナレーションはいつもの堀敏彦ではなく、元日本テレビアナウンサーでフリーアナウンサーの徳光和夫[5]と、日本テレビアナウンサーの延友陽子が担当した。
  • 第86回より、審査員が10人体制に戻った。近年行われていなかった審査員の仮装も同じく復活した。
  • 第87回では、大会史上初のトップバッターが優勝した。

司会

ナレーション

番組の流れ

本選までの道のり

  1. 申し込み
    郵送かFAXで申込書を「日本テレビ・仮装大賞本部」へ送る。
  2. 書類審査
    本部スタッフが、申込書を見て予選日の早い地区から順番に電話。合格した場合は電話にてお知らせ。
  3. 道具製作
    書類審査に合格した場合はその作品に必要な道具を製作(制作費は自己負担)。
  4. 地区予選
    決められた各予選会場へ行き、作品を発表する。現在の予選は札幌仙台新潟東京福井長野静岡名古屋大阪広島高松福岡で開催されている(交通費は自己負担)。
  5. 本選会場
    番組に出場し、公開審査

本選の基本的な構成

  1. オープニング、審査員紹介
  2. 作品発表・審査
  3. 合格者紹介(第1-34回は早口で紹介、第35・81・87回は省略、第36-80回・第82-86回・第88回はVTRで紹介)
  4. 各賞表彰式
  5. エンディング、優勝作品紹介(第72-78回と第80回以降)

審査

審査方法の変遷
第1回 第2-80回 第81-83回 第84-85回 第86回-
審査員の人数 13人 10人 5人 10人
1人あたりの持ち点 下記参照 2点 4点 2点
合格点 8点以上 15点以上 12点以上 15点以上
満点 15点 20点
  • 第1回の審査方法は、13人の審査員が、15点満点から持ち点1点(青島幸男岡田眞澄のみ2点)を減らしていく減点方式で、出場者の演技終了時に8点以上なら合格であった。
  • 第2-80回と第86回以降は、10名の審査員が、1人あたり2点の持ち点で計20点を投票する加点方式。演技が終了した時点から審査が始まる。点数が15点以上になった時点で合格となり、ファンファーレが鳴る。逆に15点に届かないまま加点が途切れた状態が3-5秒程度続くと不合格となり、鐘の音が鳴り響く。初期の不合格音は現在よりも間抜けな雰囲気の音であった。
  • 第81-85回の審査員は5人で、1人あたりの持ち点は4点だった。
  • 合格点も第81-83回は20点満点中12点以上に引き下げられたが、第84回から再び15点以上に戻された。
  • これまでの最低得点は1点だった。しかし、不合格の鐘が鳴ったあとも出場者が退場するまでは加点が可能なため、演技終了後に司会者のフォローなどにより、審査員のおまけで加点され合格となることも多い[6] 。それをはじめて行ったのは里中満智子である。
  • 番組初期では不合格者が合格者よりも上回っていた回があり、特に第6回(1982年春)の合格作品は全52組中20組だけという厳しい審査だった。満点者も1-3組程度と少なく、第6・8・15・18・33・34・53回のように、満点が1組も出なかった回もある。
  • ここ最近では採点がかなり甘くなってきており、不合格者が毎回2-7組と少ない。第76回は不合格者が1組、第87回では不合格者が1組も出なかった[7]。満点を獲得する出場者も多くなり、満点者の数が不合格者より上回る傾向にある。特に子供が出演したときはほぼ確実に合格となり、不合格者は成人が一人で出演したときがほとんどである。現在の合格者の割合は90%以上と高い。
  • 審査員が5人体制だった第81-85回では満点が1-4組と最近では少なく、特に第85回では20点満点が1組、19点が0組、不合格が11組と厳格な審査が行われた。

表彰

  • 出場者は、本選大会で合格した時点で『入賞』扱いとなり、メダルが授与される。このメダルも回を追うごとに、徐々にデザインが変化している。
  • 最終審査で、合格者の中からアイデア賞などの各賞や第3位・準優勝・優勝を選定し、表彰を行う。合格者のみ表彰式に参加することができる。各賞の発表は審査委員長が行っていたが、第65回からは香取慎吾が担当している。

現在の賞と賞金

  • 優勝:100万円
  • 準優勝:50万円
  • 第3位:30万円
  • それ以外の部門賞は以下の通り。それぞれ20万円。
    • 技術賞
    • ファンタジー賞
    • 演技賞
    • ユーモア賞
    • アイデア賞

部門賞、第3位、準優勝を受賞すると盾が、優勝するとトロフィーが授与される。また上位3賞には賞金パネルも授与される。

過去の賞と賞金

  • 賞金体制の変遷 (単位は円)
第1回 第2-49回 第50回 第51-52回 第53-55回 第56-67回 第68-69回 第70-80回 第81回 第82回-
優勝 100万 200万 100万 200万 100万
準優勝 50万 100万 50万 100万 50万
第3位 20万 50万 20万 30万 50万 30万 省略 30万
部門賞 下記参照 10万 20万 10万 20万 25万 20万
  • 第1回の部門賞に限っては、オートバイやカラーテレビなどの賞品形式だった。
  • 第2回までは、観客も仮装するのが条件だったため、「観客大賞」という賞も設けられていた。賞品は、第1回がハワイ旅行、第2回がグアム旅行。
  • アイデア賞とユーモア賞は第1回から、ファンタジー賞は第3回から、演技賞は第4回から、技術賞は第18回から登場。
  • 廃止された賞として、技能賞(第1-2回)、ハッスル賞(第3回)、努力賞(第1-2回と第4-80回)がある。
  • 第20回からは、節目の回などに記念賞や特別賞が設けられている。
    • 第20回、第30回:10万円
    • 第40回:30万円
    • 第50回、20年特別賞(第53回)、第55回:20万円
    • 第60回記念賞は萩本により不合格者から選ばれた。
    • 第61回は不合格者、第62回は合格者の中で、萩本から高い評価を得た作品に「欽ちゃん賞」という特別賞が贈られた。(第62回は放送されていない)
    • 第76回でも不合格者が1組だけだったことから、特別賞が贈られた。
  • 第81回のみ、第3位の表彰が省略された。
  • 第81回までは、準優勝と第3位にも盾ではなくトロフィーが授与されていた。
  • その他、正月放映分では、欽ちゃんが失格した参加者(主に小学生などの低年齢層)へ「お年玉」を出していたことがある。

賞金パネル

  • 第1回(1979年)から第64回(2001年)までの賞金パネルは、一万円券をモチーフにした物で、第1回から第14回までは当時発行されていたC一万円券を模していたが、D一万円券が発行されて初の回となった第15回(1985年5月4日)以降はD一万円券を模した物となった。そして、一万円券で言う肖像(聖徳太子福沢諭吉)の部分に萩本のイラストが描かれていた。
  • 2002年放送の第65回より、司会に香取が加わったため、萩本のイラストは描かれなくなっている。

仮装作品

番組のセット

セットと得点パネル

現在のセットは8代目である。

  • 初代(第1回)…白をベースとし、得点パネル(当時は15点満点の減点方式で、減点前はパネルは全て白で点灯、減点ごとにピンクで点灯)が真ん中にあり、登場口がその両脇に2つあるセットで幕の色は金色。
  • 2代目(第2回)…赤をベースとし、デザインは初代とほぼ同じ。幕の色は金色。得点が15点満点から20点満点にかわり、加点されるとすべてピンクで点灯。
  • 3代目(第3回)…黄土色をベースとし、幕周りは唐草模様をモチーフにしたデザインのセットに変わる。幕の色は黄土色。得点パネルは、加点されるとすべて白で点灯。得点パネルの位置は左側に。
  • 4代目(第4-55回)…デザインは3代目と同じだが得点パネルが左側から右側に変わり、パネルは不合格の14点までは白系色、合格の15点以上は赤系色に点灯。この形式は現在に至る。
  • 5代目(第56-64回)…唐草模様は無くなり、幕周りは葉をモチーフとしたデザインに。青緑色をベースとしたセットで幕の色が水色に。
  • 6代目(第65-71回)…中央幕上は壁形式ではなくなり、葉をモチーフにしたパネル(点滅可)になった。シルバーをベースとし幕の色は引き続き水色。
  • 7代目(第72-77回)…中央幕上は葉をモチーフにしたパネルから従来の壁形式に戻るが、デザインは異なり複数の窓枠が配置され、電飾が点灯するように。赤系色のベージュをベースとし、幕の色が黄土色に戻る。左右の壁に赤く点灯するオブジェが複数設置される。またこのセットより、得点パネルの「10」から「20」まで数字の間隔が若干離れている。例として「14」の場合、1と4の間が若干離れている(意図的に変更されたのかは不明)。
  • 8代目(第78回-現在)…デジタル放送(デジタルハイビジョン)対応の為、城をモチーフにした横長のカラフルで幻想的なセットへチェンジ。得点パネルにも変更が加えられ、各パネルの幅が横長になり両脇が丸くなる。パネルのフォントも2代目より長年親しまれたもの(「Function」をベースにしたものと思われる)から、特徴のないゴシック体に変更される(ただし、演目順を表す水色ボードのフォントには変化はない)。セットの全体にイルミネーションが点灯し、合格時も一部が点滅。観覧用の巨大モニターがセット両端にセットされ、その裏側にあたる司会者立ち位置背景の壁は常時イルミネーションが点灯する。→第81-83回大会はルール変更に伴い、得点パネルのみ12点以上合格のものが使用された。

※ちなみに、パネルの点灯色は回によって若干変化をする。14点以下のパネル色は白色だけではなくクリーム色も多く(例:第50回等)、15点以上のパネル色に関しては更に回によっての変化が顕著である。赤系色の基本は変わらないが、ピンク色やオレンジ色、赤色に関しても朱色から濃い赤色まで様々である(例:第33回・ピンク、第34回・オレンジ、第63回・濃赤、など)。
※加点後合格すると得点パネルの周りを回る、電飾の回る速さも回によって変化がある。例として第29・30回は速く、特に第31回は極端に速い。また、第37・46・47・48回などは通常より電飾の回る速さが遅い。また、第22回は回る電飾が途中からかなり遅れて点くようになった。

点数音

仮装大賞と言えば、得点パネルと付随して点数音が顕著な特徴である。現在の点数音は6代目である。

  • 初代(第1回) - 不合格ラインまで下がると鳴った。
  • 2代目(第2回) - 2点ずつ同じ音が鳴り、音階が上がるシステムに。
  • 第3回 - なし。
  • 3代目(第4-5回) - 半音が多い音階で、現行と同じく1点ずつ音階が上がる。
  • 4代目(第6-37回) - 長く親しまれた音階に。タカラ社より発売された「新!仮装大賞パネル」でも採用され、現在携帯電話にて配信されている点数音も同じである。また、関連番組に登場する点数音は大概この音を使用している。回によって点数音のキレが早い(1音1音が短い)時と遅いときがあった。
  • 5代目(第38-50回) - 若干低い音階に。前使用と同じく、回によって点数音のキレが早い時と遅い時があった。
  • 6代目(第51回-現在) - 音階を一部改正し、4代目のものと5代目のものとの中間の音階に。点数音のキレ(付随して点数の上がり方)は統一されて早くなったが、第81回より遅くなった。

余談だが、現在の6代目が第83回大会まで使用された時点で、4代目の32回を上回って最長記録を更新した。

また、合格音・不合格音のシンセの音はローランドJupiter-8のプリセット音を使用している。

字幕放送での合格音・不合格音表記は表情になっており、合格がピンク色で喜んでいる感じを、不合格が緑色で残念がっている感じを、それぞれ間隔を空けて3個表示している。なお、初回の表示はマーク1個に(合格の音)、(不合格の音)を明記する。

エスコートガール

バニーガールに扮した番組アシスタントの女性陣。毎回、4-5人程度が出演(第37回は最多の6人)。

コスチュームの変遷

  • 第1-19回 - ブラック
  • 第20-35回 - レッド
  • 第36-55回 - ビリジアン
  • 第56回-現在 - ホワイトのボア

エスコートバニーガールに関する備考

本戦出場者の演技中にも、エスコートバニーガールの登場するケースが過去3回あった。

  • 1回目は、1988年5月14日放送・第24回大会の「マジック」(演技賞受賞)で手品師の人がウサギのぬいぐるみから本物のウサギを出し、更にバニーガールに扮した女の子が登場するというものだった。
  • 2回目は、1994年10月8日放送・第43回大会の「ウサギの大好物」という作品。にんじんの皮がむかれ、その中からバニーガールが登場する作品。
  • 3回目は、1996年5月25日放送・第48回大会の「楽しい5月」という作品。こちらは19点を獲得した。その演技にバニーガールで参加した女の子は、演技後エスコートバニーガールたちと一緒に、提供クレジット出しのバックに放送されていた手拍子に一緒に参加した。
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スタッフ

第88回時点

過去

  • 監修:斎藤太朗
  • 構成:河野洋、鈴木しゅんじ
  • 編成:中村圭吾、糸井聖一
  • アシスタント:北島譲
  • 演出補:山中敏親、今村峰子、小林美香、山下兼用、大野眞奈美、長島由貴、野村仁志、黒米倫子、正田綾
  • ディレクター:大友孝行、大空雅彦、守屋吉謙、田中勝利、中田洋、高野正樹、平野進、渡辺正伸、小野元、関まほろ、諏訪陽介、鈴木圭介、波塚康司、永井大輔、合田伊知郎、鈴木淳一
  • 演出:西田弘一、五歩一勇治、石尾純
  • プロデューサー:吉川保志、宮嶋章、南波昌人、似鳥利行、中西健
  • エクゼクディブプロデューサー:棚次隆
  • 演出・プロデューサー→チーフプロデューサー:古野千秋
  • チーフプロデューサー:土屋敏男佐野讓顯吉田真土屋泰則

関連番組

関連商品

  • 新!仮装大賞パネル(タカラトミー)
得点パネルを模したミニチュアモデル。

脚注・出典

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  1. ^ 結果発表時の「優勝」テロップ下などに表記される。
  2. ^ 「ディレクターにズームイン!!」(齋藤太朗著、日本テレビ、2000年 ISBN 4820397370)p.270
  3. ^ 当初予定の『東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい…旅猿スペシャル in ハワイ』は、放送日時を4月13日の21:00-22:48に変更して放送された。
  4. ^ 被災地の系列局であるミヤギテレビおよびテレビ岩手では独自の報道特別番組を放送した。
  5. ^ 第86回に審査員として参加。
  6. ^ 不合格者が毎回10組以上発生していた頃はだいたい1組はこの事例があったが、近年は不合格者の減少で、この事例となるケースは少ない。
  7. ^ コンディション不良により棄権が1組出ている。

関連項目

今日は何の日(4月26日

もっと見る

「欽ちゃんの仮装大賞」のQ&A