歌川芳梅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

歌川 芳梅(うたがわ よしうめ、文政2年〈1819年〉 - 明治12年〈1879年〉)とは、江戸時代後期から明治時代にかけての大坂浮世絵師

来歴[編集]

歌川国芳の門人で大坂堀江の人。本姓は中島、名は藤助。歌川の画姓を称し一鶯斎、夜梅楼と号す。天保12年(1841年)頃から大坂で活動を始め、弘化4年(1847年)、江戸に出て歌川国芳に付いて絵を学び、安政4年(1857年)再び大坂へ戻り、役者絵風景画風俗画草双紙の挿絵を描いた。享年61。中井芳滝岩井梅雪一梅斎芳峰梅乃家梅英梅春など多くの門弟を育て、大坂における国芳派の祖となっており、この時期の大坂における中心的な浮世絵師の一人であった。二代目長谷川貞信も芳梅から教えを受けている。

作品[編集]

  • 『絵本岩見英雄録』初編 読本 ※玉藻山人作、嘉永元年(1848年)刊行
  • 『大川仁政録』初編 読本 ※松亭金水作、安政元年 - 安政4年刊行
  • 「おはつ・嵐徳三郎」 大判錦絵 ※天保12年正月、大坂大西芝居『加賀見山廓写本』より
  • 「北畠主計頭・片岡我童」 大判錦絵2枚続のうち 池田文庫所蔵 ※天保13年3月、大西芝居『花都矢数誉』より
  • 高ノ師直・片岡市蔵 桃井若狭之助・実川延三郎 ゑんや判官・三枡大五郎」 中判錦絵3枚組 江戸東京博物館所蔵 ※嘉永元年3月、大坂中の芝居『いろは仮名四十七訓』より
  • 「滑稽浪華五十景」 中判錦絵揃物 ※安政頃、含粋亭芳豊との合作
  • 「浪花名所之内 九軒之図」 大判錦絵 太田記念美術館所蔵

参考文献[編集]

  • 日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』(第2巻) 大修館書店、1982年
  • 吉田漱 『浮世絵の見方事典』 北辰堂、1987年
  • 『歌川国芳とその一門展』 浮世絵太田記念美術館、1990年
  • 『上方役者絵集成』(第3巻) 財団法人阪急学園池田文庫、2001年