正覚寺 (奈良市南中町)

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正覚寺
Shogakuji Nara Entrance.jpg
正覚寺
所在地 奈良県奈良市南中町4
位置 北緯34度40分41.6秒
東経135度49分40.7秒
座標: 北緯34度40分41.6秒 東経135度49分40.7秒
山号 暁光山
宗派 浄土真宗本願寺派
本尊 阿弥陀如来立像
創建年 1607年慶長12年)
開基 超賢坊
中興年 元禄年中
中興 了賢坊
正式名 正覺寺
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境内

正覚寺(しょうがくじ)は、奈良県奈良市南中町にある、浄土真宗本願寺派の寺院である。閣号 暁光閣、山号 暁光山 正覺寺である。

歴史[編集]

  • 元興寺ゆかりの地で、寺内に古井戸などが伝わる。
  • 山城国上津屋村の光瀬寺(淨乗)に起源。
  • この地の十王堂(創建不詳)を買い取る。
  • 創立:慶長12年(1607年)12月に、光慶寺の祖・岩田超宗の嫡男、超賢坊(山城国岩田村)が建立。
  • 1681年大火により本堂、庫裏が焼失
  • 1684年本堂、庫裏 再建(明石藩家老姉嵜紋右衛門の財政援助による。)。
  • 中興:元禄年間(1688年 - 1704年)、了賢坊。
  • 元禄9年(1696年)2月20日、本山より裏書の七高僧像が下付された。
  • 1985年1987年本堂、庫裏 山門など昭和大改修。

歴代[編集]

  • 開基  超賢ー光慶寺の祖である岩田超宗の嫡男。
  • 第2世  賢宗ー超賢の弟。
  • 第3世  賢誓
  • 第4世  円宗
  • 第5世  了賢ー中興の祖と呼ばれる。以降歴代、姉嵜姓を名乗る。
  • 第6世  了宗ー明石藩家老姉嵜紋右衛門の娘婿。
  • 第7世  了誓
  • 第8世  了因
  • 第9世  了知
  • 第10世  了順
  • 第11世  了道
  • 第12世  貫道
  • 第13世  了仙
  • 第14世  了嚴
  • 第15世  観順
  • 第16世  純卿 京都帝国大学卒。浄土真宗本願寺派勧学山内晋卿義弟。
  • 第17世  恒臣 京都大学名誉教授山内邦臣弟。
  • 第18世 祐宣

伽藍ほか[編集]

  • 本堂:創建当時のものを保存。奈良時代の趣の二重屋根。
    • 本尊:阿弥陀如来立像。
    • 親鸞上人像・蓮如上人像:本尊両側に安置。
    • 聖徳太子像・七高僧像:脇壇に安置。七高僧像裏に元禄9年の裏書がある。
    • 暁光閣の額:山号に加えて広如上人より閣号が許される。
  • 暁光堂
  • 太鼓楼:昭和大改修で撤去。
  • 古い井戸:創建時の井戸が残る。
  • 正覺寺会館
  • 暁光ホール
  • 無縁碑:元亀3年(1572年)・天正3年(1585年)・慶長13年(1608年)といった古い背光五輪碑がある。
  • 古文書
    • 南都暁光山正覺寺縁起  了賢 (1681)

正覚寺出版物[編集]

  • み法の歌  姉嵜恒臣 (1991)
  • み法の歌 第二部 姉嵜恒臣 (1992)
  • 正覚寺の今昔 姉嵜祐宣 (1999)共著岡村喜史、野々村智剣
  • 正覚寺四百年の歩み 姉嵜祐宣 (2012)共著岡村喜史、奥本武裕

参考文献、関連[編集]

  • 正覚寺寺譜
  • 奈良市史編集審議会編『奈良市史 社寺編』、吉川弘文館、1985、p154

交通アクセス[編集]