比企時員

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比企 時員(ひき ときかず、生年不詳 - 建仁3年9月2日1203年10月8日))は、鎌倉時代前期の比企一族の武将。鎌倉幕府御家人比企能員の子。通称は弥四郎。

生涯[編集]

父能員が乳母父を務めた二代将軍源頼家の近習として仕える。頼家による蹴鞠の会には毎回出席している。頼家が十三人の合議制に反発して指名した、取り次ぎ・狼藉不問の特権を持つ5人のうちの1人に兄宗員と共に選ばれている。

建仁3年(1203年)9月、北条氏との対立による比企能員の変で討死にした。

参考文献[編集]

関連項目[編集]