水口松一

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水口 松一(みずぐち まついち、明治8年(1875年) - 昭和35年(1960年))は、日本政治家。明治期 - 昭和期にかけて活動。大工である父、松太郎の長男として石川県鹿島郡徳田村に生まれる。明治14年に松太郎が亡くなったことによりわずか6歳で家督を相続し、勉学に励みながらも家の手伝いを欠かさず、その後徳田村の村会議員、助役を経て村長となる。

生涯[編集]

  • 1875年(明治8年)、水口松太郎の長男として生まれる。
  • 1881年(明治14年)、父が亡くなり家督を相続する。
  • 1904年(明治37年)、徳田村の村会議員となる。
  • 1920年(大正9年)、徳田村の助役となる。
  • 1933年(昭和8年)、徳田村村長に当選し村長となる
  • 1939年(昭和14年)、近隣村と合併により徳田村はなくなり七尾市となる。その際に松一は合併に猛反対していたがしぶしぶ承諾したと言う。合併後は七尾市議会、初代副議長に当選し七尾市の発展に尽力した。
  • 1946年(昭和21年) - 1948年(昭和23年)、七尾市の初代選挙管理委員を務め同年に職を辞す[1]
  • 1948年(昭和23年) - 1960年(昭和35年)、その後は自宅にて余生を過ごし35年に家族に看取られながら亡くなる。享年(満85歳)

人物[編集]

性格は頑固でとても厳しかったが晩年は父親を早くに亡くしているためか昔のことを思い出しながらよく泣いていたという。

衆議院議員の大森玉木と仲が良く松一の死を悲しんでいたという。

脚注[編集]

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  1. ^ 七尾市議会史より。