水天宮平沼神社

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平沼神社
Suitenguu Hiranuma Jinjya.JPG
所在地 神奈川県横浜市西区平沼2-8-20
位置 北緯35度27分31.2秒
東経139度36分57.7秒
座標: 北緯35度27分31.2秒 東経139度36分57.7秒
主祭神 天之御中主神安徳天皇
社格 旧村社
創建 天保10年(1839年)
別名 水天宮平沼神社
例祭 9月5日
主な神事 湯の花神事
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水天宮平沼神社(すいてんぐうひらぬまじんじゃ)は、神奈川県横浜市西区平沼にある神社である。旧社格村社。旧平沼新田鎮守。横浜駅東口周辺の氏神である。

祭神[編集]

安徳天皇は水天宮の神で、安産と水の神とされるが、特に大正12年(1923年)の関東大震災で崩壊を見なかっただけでなく、近隣で発した火災でも類焼を免れた事と、昭和20年(1945年)5月29日の横浜大空襲で横浜市内が焦土と化した中で、鎮座地の一角だけは焼け落ちなかった事から、火難除けとして崇められている。

歴史[編集]

かつては本沼橋(現在の元平沼橋)のたもと(画像右端)に祀られていた(歌川貞秀「横浜名所一覧」より、1860年頃)

江戸時代後期の天保10年(1839年)、平沼九兵衛(5代目)が祀ったのに始まるとされる。

社伝によれば、当時の平沼一帯は塩田であり、塩田作業中の村人が入江に流れついたを見つけ、これを沖へ返そうとする度に岸に戻ってくるので、平沼九兵衛にその事を伝えると、九兵衛が守護神の無いこの地に祀れとの啓示であろうと、岸に上げて平沼新田の守護神として祀るようになったといい、また祠の中に筑後久留米水天宮の神札が祀られていたため、「水天宮」と称して、安産と水の神として広く崇敬されたという。

当初は現在の横浜市西区西平沼町を流れる帷子川(今井川)に架かる元平沼橋付近に鎮座していたが、その後の発展とともに鎮座地を何度か転じ、現在地への遷座は文久3年(1863年)である。明治政府社格制度により、平沼の村社として正式名称を「平沼神社」と改称し、大正2年(1913年)に本殿の前に拝殿を新築、現在の社殿構成となった。

なお社名は、初めが「水天宮」であったため、明治の改正により「平沼神社」と改称した後も横浜の水天宮として崇敬され、横浜市の公開する戦前・戦後の市内地図にも「水天宮」と表記され、現在でも氏子・崇敬者からは「水天宮平沼神社」と称されている。

末社[編集]

境内に平沼稲荷神社、稲荷神社、竈三柱神社、平沼天満宮がある。

祭事・年中行事[編集]

  • 例祭:9月5日
  • 湯の花神事(湯立神事):1月5日

氏子地域[編集]

所在地・交通[編集]

神奈川県横浜市西区平沼2-8-20

備考[編集]

  • 神紋は「縄付き錨」。
  • 御朱印対応は2013年(平成25年)以降行っていない。

関連項目[編集]