永遠の少女

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永遠の少女
松田聖子スタジオ・アルバム
リリース
ジャンル J-POP
時間
レーベル マーキュリー・ミュージックエンタテインメント
チャート最高順位
松田聖子 年表
SEIKO MATSUDA:RE-MIXES
1999年
永遠の少女
(1999年)
20th Party
2000年
『永遠の少女』収録のシングル
  1. 哀しみのボート
    リリース: 1999/10/27
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永遠の少女』(えいえんのしょうじょ)は、松田聖子(通算32枚目)のオリジナルアルバム。1999年12月18日発売。発売元はマーキュリー・ミュージックエンタテインメント[1]

解説[編集]

  • 松田の楽曲を数多く手掛け、1997年6月に亡くなった音楽家大村雅朗が生前残した楽曲「櫻の園」が収録されている。この曲は元々、別の歌手のために松本隆が大村に作曲を依頼していたが、お蔵入りとなってしまい、そのまま松本が保管していたもの[3][4]。その後、大村が逝去してしまい、彼への恩返しを果たしたかった松本は「聖子さんが歌ってくれたら彼も喜んでくれるだろう」と、松田のアルバム作品への参加に至り、編曲に生前から大村を師として仰ぐ石川鉄男を迎え、改めて詞を書き上げて完成させた[3]。大村と親交の深かった松本による歌詞は、故人を偲ぶような内容であり、大村へ捧げる追悼曲となった[4]。プロデューサーの意向から、松田自身にはあえて作曲者を告げずにレコーディングを始めたが、何度か通しで練習する内に歌詞の内容から感づいてしまったという。そのまま録り始めたものの、1コーラス目を越えた辺りで感情が抑えきれなくなり、号泣して歌えなくなってしまった。結局、事情を説明した後、30分ほど1人になる時間を与えてから収録が再開された[3]
  • 1990年代に入ると、初夏にオリジナルアルバム、年末に「」をテーマにした企画モノ(ベスト含む)をリリースするパターンが多かったため、冬にオリジナルアルバムが発売されるのは珍しかった。歌詞カードにミスプリントがあったため、「カモメの舞う岬」の修正歌詞を記載した紙が封入されている[1]

収録曲[編集]

  1. 月のしずく(4:54)
    • 作詞: 松本隆、作曲: 宮島りつ子、編曲: 井上鑑
  2. ペーパードライバー(4:00)
    • 作詞: 松本隆、作曲: 千沢仁、編曲: 岡本更輝
  3. 哀しみのボート(4:20)
    • 作詞: 松本隆、作曲: 大久保薫、編曲: 岡本更輝
  4. 櫻の園(5:17)
  5. 恋はいつでも95点(4:50)
    • 作詞: ALICE、作曲: 羽場仁志、編曲: 井上鑑
  6. samui yoru(3:33)
    • 作詞: 吉法師、作曲: 佐々木孝之、編曲: 笹路正徳
  7. エメラルド海岸(4:55)
    • 作詞: 松本隆、作曲: 柴草玲、編曲: 大平太一
  8. カモメの舞う岬(5:54)
    • 作詞: 松本隆、作曲: 島野聡、編曲: 石川鉄男
  9. 心のキャッチボール(4:31)
    • 作詞: 松本隆、作曲: 福士健太郎、編曲: 笹路正徳
  10. 哀しみのボート(Millennium)(4:07)
    • 作詞: 松本隆、作曲: 大久保薫、編曲: 井上鑑

関連作品[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1999年の初ライブハウス・ツアー「Seiko Matsuda Zepp Tour 1999」では「哀しみのボート」のみが歌われて「葡萄姫」は歌唱されなかったが、「凄くかわいい曲」と感想を述べている。そのMCは『Seiko Matsuda Zepp Tour 1999 ~137分33秒の奇跡~』(2000年3月29日)に収録されている。なお、「哀しみのボート」のライブ映像はこのライブハウスツアーのものしか映像化されていない。
  2. ^ 「櫻の園」の原盤権はユニバーサルミュージックが所持している。2006年7月19日にソニーレコード発売された復刻CD-BOXSeiko Matsuda』は、ユニバーサルレコードから発売されたアルバムは対象外であったが、『Another Side ~』はソニーレコードから発売されたので、「櫻の園」もリマスタリングされて同BOXに収録され、『Seiko Smile〜Seiko Matsuda 25th Anniversary Best Selection〜』(2005年)にもリマスタリング音源が収録されている[2]。こちらはユニバーサルミュージックから発売[2]

出典[編集]

  1. ^ a b c d 永遠 1999
  2. ^ a b c d e f スマイル 2005
  3. ^ a b c (2017年) 梶田昌史、田渕浩久『大村雅朗の軌跡 1951-1997』DU BOOKS 松田が泣き出した時の時のことを、松本へのインタビュー記事ではこのように記されている。 「亡くなってしまった人は他にもいるけど、恩返しをしたのは大村くんくらいじゃないかな。」(P21-22)から。 「-- その時、聖子さんから何か言葉はあったんですか? 松本 ただ泣いていた。おいおい泣いていた。でもそれはいい涙だったから、僕は嬉しかった。 -- 松本さんの書かれた歌詞がそれに気づかせたということですよね? 松本 おそらくそうだと思います。何度か練習したんですけど、その時は気づかず、録音が始まって、ワンコーラス歌い終わって「これは」と思ったみたい。2コーラス目に差しかかっても無言なのでブースを覗いたら、もう目を押さえてしゃがみ込んでました。」
  4. ^ a b “松田聖子、槇原敬之と初コラボ!名曲「櫻の園」を再編集(2/3ページ)”. サンケイスポーツ (産経新聞社). (2018年2月11日). http://www.sanspo.com/geino/news/20180211/geo18021105040018-n2.html 2018年6月8日閲覧。 

参考資料[編集]

関連項目[編集]