江之子島

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江之子島
大阪西郵便局
江之子島の位置(大阪市内)
江之子島
江之子島
江之子島の位置
江之子島の位置(大阪府内)
江之子島
江之子島
江之子島の位置
北緯34度40分57.46秒 東経135度29分4.39秒 / 北緯34.6826278度 東経135.4845528度 / 34.6826278; 135.4845528
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Osaka Prefecture.svg 大阪府
市町村 Flag of Osaka, Osaka.svg 大阪市
西区
町名制定 1977年(昭和52年)
面積
 • 合計 0.108779278km2
人口
2019年(平成31年)3月31日現在)[2]
 • 合計 4,719人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
550-0006[3]
市外局番 06(大阪MA[4]
ナンバープレート なにわ

江之子島(えのこじま)は、大阪府大阪市西区の地域名称。または町名。現行行政地名は江之子島一丁目及び江之子島二丁目。

地理[編集]

百間堀川木津川江戸堀川に挟まれていた島で、東は百間堀川を挟んで京町堀・薩摩堀、南は木津川を挟んで松島、西は木津川を挟んで本田川口、北は江戸堀川を挟んで江戸堀に隣接していたが、現在は百間堀川と江戸堀川は埋め立てられている。

現在の町名では、東は新なにわ筋を挟んで江戸堀・京町堀・靱本町西本町、南は中央大通を挟んで立売堀、西は木津川を挟んで川口、北は土佐堀通を挟んで土佐堀に隣接し、本町通以北が1丁目、以南が2丁目となる。島だった元来の江之子島のうち、現在江之子島の町名となっているのは中央大通以北だけで、中央大通以南は立売堀6丁目の一部となっている。

河川[編集]

歴史[編集]

大阪府庁舎(2代目)
大阪市庁舎(初代)

もとは淀川の河口に形成された難波八十島(なにわのやそしま)のひとつで、名称の由来には「難波江の小島」からの転訛説と、「狗子島」「犬子島」からの転訛説がある。

江戸時代には百間堀川沿いが江之子島東之町、木津川沿いが江之子島西之町という町名で、江之子島西之町には船大工が多く居住していた。1767年明和4年)に江之子島下ノ鼻新築地が、1779年安永8年)に江之子島上ノ鼻新築地が浚渫によって築かれ、後者を江之子島西之町の薩摩屋善兵衛が落札した。善兵衛は翌1780年(安永9年)に江戸堀下ノ鼻新築地も落札し、両新築地を遊所として開発した。両新築地は崎吉町(さきよしちょう)という町名になり、江戸堀川には崎吉橋も架橋された。

1872年明治5年)の町名改編で、崎吉町の江之子島側および江之子島東之町・江之子島西之町の各北半分が江之子島上之町(えのこじまかみのちょう)という町名になった。1874年(明治7年)に大阪府庁舎(2代目)が江之子島上之町に、1893年(明治26年)に西区庁舎(3代目)が江之子島東之町に、市制特例廃止後の1899年(明治32年)に大阪市庁舎(初代)が江之子島上之町に置かれ、当時の江之子島は地方行政の中心地となっていた。なお、大阪市庁舎は1912年(明治45年)に堂島へ、大阪府庁舎は1926年大正15年)に大手前へ、西区庁舎は1934年昭和9年)に西長堀へ移転している。大阪府庁舎跡には1929年(昭和4年)に大阪府工業奨励館(現・大阪府立産業技術総合研究所)が置かれたが、こちらも1996年平成8年)に和泉市へ移転した。

1955年(昭和30年)に江戸堀川が、1964年(昭和39年)に百間堀川が埋め立てられて下船場と地続きになった。現在百間堀川跡は江之子島公園、大阪府津波・高潮ステーションなどに利用されている。1977年(昭和52年)に新なにわ筋・中央大通・木津川・土佐堀通に囲まれた範囲が江之子島1~2丁目となった。このように、現在江之子島の町名となっていても百間堀川跡 - 新なにわ筋間は下船場となる。翌1978年(昭和53年)には中央大通以南が立売堀6丁目の一部となった。

世帯数と人口[編集]

2019年(平成31年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
江之子島一丁目 1,595世帯 2,827人
江之子島二丁目 902世帯 1,892人
2,497世帯 4,719人

人口の変遷[編集]

国勢調査による人口の推移。

1995年(平成7年) 2,321人 [5]
2000年(平成12年) 2,576人 [6]
2005年(平成17年) 2,580人 [7]
2010年(平成22年) 2,634人 [8]
2015年(平成27年) 3,249人 [9]

世帯数の変遷[編集]

国勢調査による世帯数の推移。

1995年(平成7年) 1,007世帯 [5]
2000年(平成12年) 1,113世帯 [6]
2005年(平成17年) 1,316世帯 [7]
2010年(平成22年) 1,332世帯 [8]
2015年(平成27年) 1,653世帯 [9]

学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[10]。なお、小学校・中学校入学時に学校選択制度を導入しており、通学区域もしくは隣接する校区の小学校・中学校から選択することも可能。

丁目 小学校 中学校
江之子島一丁目 全域 大阪市立本田小学校 大阪市立花乃井中学校
江之子島二丁目 全域

施設[編集]

  • 大阪西郵便局
  • 大阪府立江之子島文化芸術創造センター
  • 大阪府津波・高潮ステーション
  • 日本生命病院

交通[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

高速道路
国道
主要地方道

出身・ゆかりのある人物[編集]

江之子島東之町に居住していた[11]

その他[編集]

日本郵便[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 大阪府大阪市西区の町丁・字一覧” (日本語). 人口統計ラボ. 2019年10月20日閲覧。
  2. ^ a b 住民基本台帳人口・外国人人口” (日本語). 大阪市 (2019年7月26日). 2019年10月4日閲覧。
  3. ^ a b 江之子島の郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月15日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
  5. ^ a b 平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
  6. ^ a b 平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
  7. ^ a b 平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
  8. ^ a b 平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
  9. ^ a b 平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
  10. ^ 通学区域一覧 (PDF)”. 大阪市 (2019年5月1日). 2019年10月22日閲覧。 “(ファイル元のページ)
  11. ^ a b c 『人事興信録 第4版』い117頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年11月16日閲覧。
  12. ^ 郵便番号簿 2018年度版 (PDF)” (日本語). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 『角川日本地名大辞典 27 大阪府』(1983年 角川書店)。

関連項目[編集]