池田光穂

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池田 光穂(いけだ みつほ、1956年 - )は、日本文化人類学者大阪府出身。

略歴[編集]

  • 大阪府立春日丘高等学校卒業。
  • 1980年鹿児島大学理学部生物学科卒業、1982年大阪大学大学院医学研究科医科学修士課程修了。1989年同大大学院同研究科博士課程社会医学専攻を単位取得済退学。大阪大学大学院では中川米造[1]教授が指導教官であった。
  • 1983-87年国際協力事業団(現国際協力機構)(JICA青年海外協力隊(JOCV)隊員として中央アメリカのホンジュラス共和国保健省に派遣される。
  • ホンジュラスから帰国(1987年)後は大学院を単位取得済退学し、1989-1991年日本学術振興会特別研究員(国立民族学博物館外来研究員——指導教官は吉田集而教授)を歴任する。1992-1994年東日本学園大学=現北海道医療大学教養部助教授、1994-2000年熊本大学文学部助教授(文化人類学→文化表象学教室)、2002-2006年熊本大学大学院社会文化科学研究科教授・併任(文化政策論専攻)2000-2006年同教授[2005年度は兼任で本務は大阪大学へ](2004-2005年同学部地域科学科長・併任)、を歴任する。
  • 2005年より2016年6月末まで大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)・臨床部門・教授。2015年8月末から2016年6月末まで、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター(CSCD)・センター長。
  • 2016年7月からは、大阪大学COデザインセンター・社会イノベーション部門教授。COデザインセンター副センター長
  • 専攻:医療人類学文化人類学)、中米民族誌学エコツーリズム研究、先住民運動研究、多文化共生を可能にする社会状況下における医療・福祉サービスのあり方、臨床コミュニケーション・ヘルスコミュニケーション、ハームリダクション研究、狗類学(こうるいがく)研究ほか。

主要著作[編集]

  • 『医療と神々』(宗田一監修),平凡社,1989年1月
  • 『文化現象としての医療』(医療人類学研究会編)[共著]、メディカ出版、1992年4月
  • 『健康論の誘惑』[共著]野村一夫編、文化書房博文社、2000年10月
  • 『文化現象としての癒し』[共著]佐藤純一編、メディカ出版、2000年12月
  • 『実践の医療人類学—中央アメリカ・ヘルスケアシステムにおける医療の地政学的展開』世界思想社、2001年3月
  • 『マヤ学を学ぶ人のために』[共著]八杉佳穂編、世界思想社、2004年4月
  • 『宗教人類学入門』[共著]関一敏・大塚和夫編、弘文堂、2004年12月
  • 『メイキング人類学』[共著]太田好信・浜本満編、世界思想社、2005年3月
  • 『医療人類学のレッスン』(奥野克巳との共編著)学陽書房、2007年10月
  • 『生命倫理と医療倫理(改訂2版)』[共著]伏木信次・樫則章・霜田求編、金芳堂、2008年3月
  • 『看護人類学入門』文化書房博文社、2010年4月
  • 『認知症ケアの創造』(阿保順子との共編著)雲母書房、2010年12月
  • 『人と動物、駆け引きの民族誌』奥野克巳編、はる書房、2011年9月
  • 『コンフリクトと移民』池田光穂編、大阪大学出版会、2012年3月
  • 『人と動物の人類学』奥野克巳・山口未花子・近藤祉秋編、春風社、2012年9月
  • To See Once More the Stars. Naito, D, R. Sayre, H. Swanson & S. Takahashi (eds.), Santa Cruz, CA.: New Pacific Press,2014.

医療人類学[編集]

医療人類学の定義は、池田光穂によると「健康と病気と病気を対象にした人類学研究」[2]という。

関連事項[編集]

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  1. ^ 中川米造(なかがわ・よねぞう; 1926-1997)は大阪大学名誉教授、専門は医学概論、医学史医療倫理学
  2. ^ 池田光穂「医療人類学の可能性:健康の未来とは何か?」『医療人類学のレッスン』池田光穂・奥野克巳共編、p.1、学陽書房、2007年