沢田広

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沢田 広(さわだ ひろし、1918年11月15日 - 2002年2月10日)は、日本政治家衆議院議員埼玉県出身。

略歴[編集]

国鉄職員から国鉄労働組合役員を経て、1959年から大宮市選出の埼玉県議会議員を4期。

1972年総選挙日本社会党公認で埼玉1区(当時)から出馬するが落選。埼玉1区から埼玉5区が分離独立した1976年総選挙に埼玉5区から出馬し、初当選を果たした。以後衆議院議員を6期、この間1979年(昭和54年)11月に衆議院交通安全対策特別委員会理事・1989年(平成元年)に衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長を務める。

1993年総選挙では地元党組織が秦哲美(埼玉県議・秦明友元大宮市長の息子)擁立に動いたのに対し、無所属で出馬を強行。社会党の全国的な退潮もあって秦ともども落選し、政界を退いた。2002年(平成14年)に膵臓がんで死去。

脚注[編集]