河原町ビブレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
河原町ビブレ
Kawaramachi VIVRE
Kawaramachi VIVRE.JPG
店舗概要
所在地 604-8041
京都府京都市中京区河原町通蛸薬師西入ル
開業日 1970年10月(ニチイ河原町店)
閉業日 2010年7月31日
商業施設面積 7,242 m²
前身 ニチイ河原町店
(河原町ショッピングデパート[1]
後身 未定
最寄駅 京阪本線祇園四条駅徒歩10分
阪急京都本線河原町駅徒歩10分
MYCAL
テンプレートを表示

河原町ビブレ(かわらまちビブレ)は、京都府京都市中京区において株式会社マイカル(現:イオンリテール)が運営していた商業施設。

ビブレ業態としては、天神ビブレに次いで古い歴史を持っていた。

歴史[編集]

ニチイ河原町店[編集]

1970年昭和45年)10月にニチイ河原町店として開店。[2]

ビブレ開店[編集]

1983年(昭和58年)4月ビブレ(河原町ビブレ21)へ業態転換した。 売り場面積が5,800㎡と狭いことから、天神ビブレと同じ品揃えとすることは出来なかった。そのため、学生が多い土地柄であることを踏まえて、衣料品とサービス面(会員制度など)を強化する戦略を採用した[2]

京都地区におけるファッションや情報の発信基地としての運営を図り、同地区の核となる存在だったが景気が低迷しニーズも変化。多様化した顧客の支持を獲得することが難しくなったのを契機として、2003年平成15年)1月に改装を実施し1階から5階を株式会社ロフトが運営するテナント「京都ロフト」とし、地下1階のみビブレを展開[3]

店舗としての魅力を更に高めたいマイカル側の戦略が功を奏し、京都ロフトによる全体的な集客は高まったものの、地階にあるビブレへの顧客の流れを作ることは難しい状況が続いた。

しかもビブレの看板を掲げていたものの、顧客からはロフトの入居するテナントビルの印象を払拭することは出来ず、ビブレ形態としての限界が露出していくこととなっていった。

そして、ビルの耐震不足が深刻である点や将来的な収益の確保が難しいと判断し、テナントの「京都ロフト」との賃貸契約が終了する2010年(平成22年)7月31日での閉店を決定[4]。同日、河原町ビブレとしての営業を終了した。

閉店後[編集]

跡地に地上11階建地下1階の高層マンションが計画されている[5]

なお、京都ロフトは近隣にある「ミーナ京都」に移転した。

年表[編集]

  • 1970年(昭和45年)10月00日 - ニチイ河原町店開店
  • 1983年(昭和58年)00月00日 - ビブレに業態転換
  • 2003年(平成15年)00月00日 - 河原町ビブレを改装してロフトがテナントとして入居
  • 2010年(平成22年)07月31日 - 河原町ビブレ閉店

フロア[編集]

  • 地下1階 - ファッションステージ(VIVRE
    • 開運館E&E(占い)
  • 1階 - リストウォッチ・アクセサリー・バラエティ雑貨のフロア(京都ロフト)
  • 2階 - 美容・健康・旅行雑貨・ギフト雑貨のフロア(京都ロフト)
    • La nail(ネイルサロン)
  • 3階 - 家庭用品のフロア(京都ロフト)
  • 4階 - インテリアのフロア(京都ロフト)
  • 5階 - 文具のフロア(京都ロフト)
  • 6階 - CD・楽器のフロア
    • HMV
    • ミュージックランドKEY

営業時間[編集]

  • 平日: 11:00-21:00
  • 土日祝: 10:00-21:00

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 参考資料:通産省産業政策局「全国市町村別大規模小売店舗要覧 -第1種大規模小売店舗と商業状況一覧-」1984年。 2012年4月17日閲覧)
  2. ^ a b 参考資料:小樽商科大学『ビブレへのリニューアル・業態開発におけるイノベーションと競争 ビブレのケース』近藤公彦、2002年。
  3. ^ 河原町ビブレへの生活雑貨専門店・ロフトの導入について (PDF) - 更生会社株式会社マイカル(2002年11月13日)[リンク切れ]
  4. ^ 河原町ビブレ:7月末閉店発表 阪急に続きビブレも 商店街、影響懸念 /京都 - 毎日jp(毎日新聞社、2010年2月4日付)
  5. ^ 「河原町ビブレ」跡地にマンション計画 住民ら中止を要求