波田重一

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

移動: 案内検索
波田 重一
生誕 1885年(明治18年)10月22日
日本の旗 日本 広島県
死没 1961年(昭和36年)2月3日
所属組織 日本陸軍
軍歴 1905年(明治38年) - 1941年(昭和16年)
最終階級 陸軍中将
テンプレートを表示

波田 重一(はだ じゅういち、1885年(明治18年)10月22日 - 1961年(昭和36年)2月3日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将

経歴[編集]

広島県出身。波田正右衛門の五男として生れる。熊本陸軍地方幼年学校中央幼年学校を経て、1905年(明治38年)11月、陸軍士官学校(第18期)を卒業。翌年6月、歩兵少尉に任官し歩兵第39連隊付となる。1919年(大正8年)11月、陸軍大学校(第31期)を卒業した。

歩兵第39連隊中隊長、参謀本部付勤務、関東軍参謀部付、関東軍参謀歩兵第30連隊大隊長、第17師団参謀、教育総監部課員などを経て、1925年(大正14年)12月から一年間、陸大専攻学生として学んだ。陸軍省軍務局課員を経て、1930年(昭和5年)8月、歩兵大佐に昇進し陸軍歩兵学校教官となる。歩兵第41連隊長、天津駐屯歩兵隊長、第9師団参謀長などを歴任し、1935年(昭和10年)3月、陸軍少将に進級。

歩兵第3旅団長、第10師団司令部付、台湾混成旅団長を歴任し、1938年(昭和13年)3月、陸軍中将に進んだ。1938年(昭和13年)11月、張鼓峰事件後に第19師団長に親補され朝鮮半島に駐留。1940年(昭和15年)9月、第5軍司令官となり満州に赴任。参謀本部付を経て1941年(昭和16年)12月、予備役に編入された。1942年(昭和17年)5月、朝鮮連盟事務局総長に就任。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。