洗川雄司

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あらいかわ ゆうじ
洗川 雄司
プロフィール
愛称 エロイ川
出身地 日本の旗 日本 長崎県五島市
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1977-06-16) 1977年6月16日(43歳)
血液型 A型
最終学歴 早稲田大学社会科学部
勤務局 ニッポン放送
部署 CP局スポーツ部
活動期間 2001年 -
ジャンル スポーツ番組
配偶者
担当番組・活動
出演中 ニッポン放送ショウアップナイター
日曜競馬ニッポン
板東英二 プロ野球バンバン伝説
アナウンサー: テンプレート - カテゴリ

洗川 雄司(あらいかわ ゆうじ、1977年6月16日[1] - )は、ニッポン放送CP局スポーツ部のアナウンサー。

来歴[編集]

長崎県五島市福江島出身[1]。小学生時代の早い段階でプロ野球のナイター中継を視聴していたが、当時は長崎県域の民放テレビ局が2局しか存在しておらず、放送時間内に試合結果が判明しないので、ラジオのナイター中継で聞いた深澤弘の実況に憧れを持ち、小学校3、4年生位からラジオ実況の真似をするようになりアナウンサーを志す[2]逸見政孝ブームに乗っかり、逸見が早稲田大学アナウンス研究会の出身だったことや、当時は民放局傘下のアナウンススクールも所在して無かったので早稲田大学社会科学部に進学し、在籍中はアナウンス研究会に所属[1] した。アナウンス研究会の先輩に元ニッポン放送、フジテレビアナウンサーの福永一茂、同期に文化放送アナウンサーの高橋将市がいる[2]。大学時代は文化放送にて野球中継のスコア付けアルバイトをしており、就職活動で民放放送局をキー局準キー局基幹局等を多数受験したが、内定を得られなかったため就職浪人して、再度就職活動を行った結果[2]、2001年3月、同大卒業後の同年4月、ニッポン放送に入社[1]

入社直後の2001年4月9日、局内の会議室で発声練習をしている最中、『テリー伊藤のってけラジオ』のディレクターが乱入し、突如番組を放送している生放送スタジオに連れて行かれ、担当アナウンサーが不在だった番組内コーナーである「ショウアップナイター一番ノリ!」の『ショウアップナイター』番宣アナウンスを突然担当させられ、これが初鳴きとなった[3][2]。その後、同年7月7日に『Jリーグ RADIO』の取材で1stステージ 第13節横浜F・マリノス×ジュビロ磐田の裏送り原稿用の実況を担当し、そのままジュビロの1stステージ優勝実況を担当[4]。また、入社翌年の2002年、NPB主幹試合で実況デビューしてないのに関わらず、当時のスポーツ部副部長から同局が独占中継権を取得したMLB中継の実況担当となり[5]、通訳が付かない状態でアメリカ合衆国に派遣された[4]

人物[編集]

  • 公称の身長が157㎝[1][2]で小学6年から身長の成長が止まっている。そのため、同じく身長が150㎝台である、同局アナウンサーのひろたみゆ紀と並んでも変わらない位である[6]
  • 趣味が公衆浴場巡りで、退勤後の巷の銭湯で自身の番組が流れて来ることに言及している。また、グラビアアダルトビデオにも造詣が深く、Japan Adult Expoにも毎年通っていた[7]。そのため、Twitterのハンドルネームにもされている「エロイ川」と呼称される。『ショウアップナイター』アナウンサーブログでは、2007年から毎年年末恒例の『えろいかわグランプリ 記念大会』として独断と偏見で決めた、グラビアアイドルやAV女優のNo.1を選出している。

出演番組[編集]

現在[編集]

過去[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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