浅川 (長野市)

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浅川
あさかわ
日章旗 日本
地方 中部地方甲信越地方
都道府県 長野県
自治体 長野市
旧自治体 浅川村
面積
24.77km²
総人口
7,085
住民基本台帳、2013年6月1日現在)
人口密度
286.03人/km²
長野市役所浅川支所
北緯36度40分52.6秒 東経138度12分17.1秒 / 北緯36.681278度 東経138.204750度 / 36.681278; 138.204750座標: 北緯36度40分52.6秒 東経138度12分17.1秒 / 北緯36.681278度 東経138.204750度 / 36.681278; 138.204750
所在地 〒381-0064
長野県長野市浅川東条328-1
リンク 浅川支所公式ページ
浅川の位置(長野県内)
浅川
浅川
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浅川(あさかわ)は、長野県長野市北部の地域。

  1. 【狭義】浅川一〜五丁目の範囲
  2. 【広義】1. も含む、1889年明治22年)時点の上水内郡浅川村域。長野市役所浅川支所管内の範囲。本項で解説

地域内の人口および世帯数(長野市役所浅川支所管内)は、2,827世帯 6,837人(平成29年4月1日現在)[1]

本項では、かつて概ね同区域に所在した上水内郡浅川村(あさかわむら)についても述べる。

概要[編集]

地域の北西を三登山(923m)、北東を飯縄山(1917m)、南東を地附山(732m)などに囲まれる。北東の飯縄山麓から浅川が発し、南西へ流れる。地域西部を長野県道37号長野信濃線(坂中峠)、東部を長野県道506号戸隠高原浅川線浅川ループライン)が走る。周囲は以下の地区[2]と接する。

地区東部は若槻稲田徳間などと併せて長野市北部の一大住宅地を形成しているが、当地区は山際のため商業施設等はほとんどなく、比較的長閑な風景である。

地区西部は飯綱高原の入口にあたる中山間地で、小さな集落が点在している。長野オリンピックにあわせて浅川ループラインが開通したこともあり、北西部ではリゾート開発が行なわれた。中曽根には長野五輪ボブスレーリュージュ会場「スパイラル」が建設されたほか、北郷三ツ出ため池湿原地帯には長野京急カントリークラブが開かれた。

沿革[編集]

あさかわむら
浅川村
廃止日 1954年4月1日
廃止理由 編入合併
長野市、古里村柳原村浅川村大豆島村朝陽村若槻村長沼村安茂里村小田切村芋井村長野市
現在の自治体 長野市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方
都道府県 長野県
上水内郡
総人口 3,348
国勢調査1950年
隣接自治体 長野市
上水内郡若槻村、芋井村、高岡村中郷村
浅川村役場
所在地 長野県上水内郡浅川村
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旧浅川村の歴史
  • 江戸時代
  • 1753年宝暦3年) - 真光寺村の浅川油田が文献に初出
  • 1871年明治4年)8月 - 浅川油田の石油を基に、日本初とされる石油会社「長野石炭油会社」が設立される
  • 1872年(明治5年) - 水内郡伺去村・真光寺村・清水村が合併し、水内郡伺去真光寺村となる
  • 1874年(明治7年) - 伺去真光寺村(現 真光寺)に清真学校(長野市立浅川小学校の前身)が開校
    • 3月31日 - 西条村(現 浅川押田)に開育学校(浅川小学校の前身)が開校
    • 12月 - 北郷村(現 北郷)に北郷学校(浅川小学校北郷分校の前身)が開校
  • 1879年(明治12年)1月14日 - 郡区町村編制法施行。水内郡が上水内郡下水内郡とに分割され、上水内郡北郷村伺去真光寺村西条村東条村となる
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行。上水内郡北郷村・伺去真光寺村・西条村(稲倉組区・徳間組区・西組区・福岡組区・坂中組区・台ヶ窪組区)・東条村(西組区)が合併し、上水内郡浅川村となる(西条村東組区・東条村東組区は若槻村の一部となる)
  • 1939年昭和14年) - 論電ヶ谷池(現 長野市上ケ屋)が決壊し、浅川に流入。橋の流失や死亡者など、浅川村内でも大きな被害
  • 1939年昭和14年)7月6日14時頃 浅川村地光に陸軍重爆撃機墜落
  • 1947年(昭和22年) - 浅川村立浅川小学校に併設して浅川中学校(長野市立北部中学校の前身の一)が開校
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 上水内郡浅川村、同郡朝陽村古里村柳原村若槻村長沼村安茂里村小田切村芋井村大豆島村とともに長野市に編入(第1次昭和の大合併)。1889年(明治22年)時点の旧北郷村域は大字北郷・旧伺去真光寺村域は大字伺去真光寺・旧西条村(稲倉組区・徳間組区・西組区・福岡組区・坂中組区・台ヶ窪組区)は大字浅川西条・旧東条村(西組区)は大字浅川東条となる
長野市浅川の歴史

浅川[編集]

浅川(あさかわ)は、浅川地域南東部の地区。浅川一〜五丁目がある(住居表示未施行)。郵便番号381-0054

周囲は以下の町丁と接する。

地区内は浅川団地として造成された南向き斜面の住宅街。一・二・三・四丁目が接する中央部に商店が数軒あり、北東の五丁目に県営浅川団地(アパート)がある。

地区内の人口および世帯数は以下の通り(平成29年4月1日現在)[1]

世帯数 人口
浅川一丁目 109世帯 241人
浅川二丁目 164世帯 405人
浅川三丁目 67世帯 154人
浅川四丁目 95世帯 244人
浅川五丁目 86世帯 205人
521世帯 1,249人

交通[編集]

路線バス

地区内を走る、アルピコ交通の以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

浅川五丁目
  • 県営浅川団地

浅川一ノ瀬[編集]

浅川一ノ瀬(あさかわ・いちのせ)は、浅川地域中部の地区。現在は無人地帯であるため、郵便番号は割り振られていない。

浅川(北浅川)右岸に長細く伸びる地区で、中央部には浅川ダムがある。長野県道506号戸隠高原浅川線浅川ループライン)の真光寺ループ橋が南東部をかすめるほか、同県道の旧道が浅川に沿って縦走する。

周囲は以下の町丁と接する。

交通[編集]

無人地帯であり、公共交通機関はない。

施設[編集]

ブランド薬師


浅川押田[編集]

浅川押田(あさかわ・おしだ)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0056

地区中央部を長野県道37号長野信濃線が南北に走り、駒沢川浅川支流)が北西から南東に流れる。周囲は以下の大字町丁と接する。

鎌倉時代水内郡若槻荘のうち押田郷(おしだのごう)という郷名が見え、当地と比定される[3]。地区南東部は宅地化されているが、そのほかは山林である。

地区内の人口および世帯数は、315世帯 768人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

地区内を走る、アルピコ交通の以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

浅川清水[編集]

浅川清水(あさかわ・きよみず)は、浅川地域中部の地区。郵便番号381-0072

周囲は以下の町丁と接する。

中山間地の集落。南東部に長野市霊園(浅川霊園)がある。

地区内の人口および世帯数は、18世帯 31人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

長野市乗合タクシー「あさかわ号」3コースが集落に乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

このほか、お盆などに限り運行される、アルピコ交通 長野駅 - 長野市霊園 が利用できる。

施設[編集]

  • 長野市霊園

浅川西条[編集]

浅川西条(あさかわ・にしじょう)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0057

南端に駒沢川浅川支流)が流れる。周囲は以下の大字町丁と接する。

地区南部は西条団地・浅川住宅地として造成された南向き斜面の住宅街。北部の大半は山林である。

地区内の人口および世帯数は、701世帯 1,697人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

地区内を走る、アルピコ交通長電バスの以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

浅川西平[編集]

浅川西平(あさかわ・にしひら)は、浅川地域中部の地区。郵便番号381-0066

南東向き斜面の山間地。駒沢川浅川支流)が発する。周囲は以下の町丁と接する。

集落は南端にあり、北部の大半は山林である。

地区内の人口および世帯数は、30世帯 91人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

長野市乗合タクシー「あさかわ号」3コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

一般の路線バスはない。

施設[編集]

  • 長野市霊園

浅川畑山[編集]

浅川畑山(あさかわ・はたやま)は、浅川地域中部の地区。郵便番号381-0073

南端に浅川(南浅川)が流れる。周囲は以下の大字町丁と接する。

山間地の地区。大半は山林である。集落は浅川地域の他地区(浅川ループライン側)よりも、芋井地域の新安集落(戸隠バードライン側)に近い位置にある。

地区内の人口および世帯数は、11世帯 29人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

長野市乗合タクシー「あさかわ号」の4コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

一般の路線バスはない。

施設[編集]

浅川東条[編集]

浅川東条(あさかわ・ひがしじょう)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0064

中央部を長野県道37号長野信濃線が南から北東に向けて走り、長野県道506号戸隠高原浅川線浅川ループライン)が分かれている。南西端に浅川が流れる。周囲は以下の大字町丁と接する。

宅地と田畑が広がる。南東部に市役所支所・小学校などの公共施設が集まり、浅川地域の行政の中心となっている。

地区内の人口および世帯数は、190世帯 443人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

地区内を走る、アルピコ交通の以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

  • 長野市役所浅川支所
  • 長野市浅川公民館
  • 長野市営浅川体育館
  • 長野市立浅川小学校
  • 浅川郵便局

浅川福岡[編集]

浅川福岡(あさかわ・ふくおか)は、浅川地域東部の地区。郵便番号381-0062

南東部を長野県道37号長野信濃線がかすめる。周囲は以下の町丁と接する。

集落は南端の県道沿いにあり、北部の大半は山林である。

地区内の人口および世帯数は、20世帯 52人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

地区内に路線バスは走っていないが、県道を200mほど下れば浅川押田地区内の停留所が利用できる。

また、長野市乗合タクシー「あさかわ号」2コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

施設[編集]

神楽橋[編集]

神楽橋(かぐらばし)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0053

周囲は以下の大字町丁と接する。

地区内はほぼすべて宅地化されている。地区中央部に緑ヶ丘公園が広がる。

地区内の人口および世帯数は、300世帯 731人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

地区内を走る、アルピコ交通の以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

門沢[編集]

門沢(かどさわ)は、浅川地域北西部の地区。郵便番号380-0881

南北に長い形をしており、南部では浅川(南浅川)が発する。北部を長野県道404号栃原北郷信濃線浅川ループライン)が通過する。周囲は以下の大字町丁と接する。

古くからの集落は南部にあり、浅川畑山同様に浅川ループライン側よりも芋井地域の上ケ屋(戸隠バードライン側)に近い。北部は飯綱高原の一部として、別荘地やホテル美術館などがある。飯綱高原スキー場のゲレンデにも接している。

地区内の人口および世帯数は、98世帯 233人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

地区北部では、浅川ループライン・飯綱リゾートライン交点にある飯綱第4リフト停留所から、アルピコ交通の以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

  • ホテルアルカディア
    • 飯綱高原教会
    • アルカディア音楽堂
  • いいづな高原美術館

北郷[編集]

北郷(きたごう)は、浅川地域北部の地区。郵便番号381-0075

地区北部を浅川(北浅川)と長野県道506号戸隠高原浅川線浅川ループライン)が東西に横断する。地区北部には長野県道404号栃原北郷信濃線(飯綱リゾートライン)がかすめる。周囲は以下の大字町丁と接する。

戦国時代には水内郡弘瀬荘のうち北郷と見え、これに対する南郷(現在の大字富田に比定)と合わせて北南之郷として1郷分の所務を負担した[3]。集落は地区南部の浅川ループライン近くにある。北部には浅川下流の村々が築いたため池群があり、現在はそれを包み込むように長野京急カントリークラブのコースが広がっている。コースの西隣には長野県環境保全研究所の生態園があり、自然観察ができる。

地区内の人口および世帯数は、56世帯 126人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

集落から500mほど下った中曽根地区内の北郷岩原停留所から、アルピコ交通川中島バス)の以下の路線系統が利用できる。

また、集落内に長野市乗合タクシー「あさかわ号」1コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

施設[編集]

  • 長野県環境保全研究所飯綱庁舎
    • 生態園
  • 長野京急カントリークラブ
  • 浅川のため池群
    • 大池 - 1564年(永禄7年)完成
    • 丸池 - 1568年(永禄11年)完成
    • 上蓑ヶ谷池 - 1657年(明暦3年)完成
    • 下蓑ヶ谷池 - 1687年(貞亨4年)完成
    • 猫又池 - 1941年(昭和16年)完成

坂中[編集]

坂中(さかなか)は、浅川地域東部の地区。郵便番号381-0061

地区北東に三登山がそびえる。中央部を長野県道37号長野信濃線(坂中峠道路)が南北に走る。周囲は以下の大字町丁と接する。

上水内郡飯綱町へ続く坂中峠の南口の地区。坂中峠は旧北国街道脇道である坂中道の峠で、当地はその登り口にできた新田集落であり、江戸時代には坂中新田村といった[3]。集落は中央部の県道旧道沿いにある。大半は山林である。

地区内の人口および世帯数は、29世帯 64人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

長野市乗合タクシー「あさかわ号」2コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

一般の路線バスはない。

施設[編集]

伺去[編集]

伺去(しゃり)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0063

南東部を長野県道37号長野信濃線がかすめる。周囲は以下の町丁と接する。

高台の住宅地。難読地名であり、仏舎利に由来するとも、西行飯縄山を詣でた際に詠んだ歌に由来するともいう[4]

地区内の人口および世帯数は、146世帯 350人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

地区内に路線バスは走っていないが、南に300mほど下った浅川東条地区内の停留所や、東に400mほど下った浅川押田地区内の停留所が利用できる。

また、長野市乗合タクシー「あさかわ号」2・3コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

施設[編集]

  • 伺去神社

真光寺[編集]

真光寺(しんこうじ)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0065

西端を浅川(北浅川)が流れ、中央部に浅川ダムがある。地区の南の隅で南浅川と合流する。中央部を長野県道506号戸隠高原浅川線浅川ループライン)が南北に走る。周囲は以下の町丁と接する。

中央でくびれた形をしており、主な集落は南東部にある。

浅川油田があった地であり、少なくとも1753年宝暦3年)以前から利用されてきた。1871年明治4年)には日本初とされる石油会社「長野石炭油会社」が設立され、本社を東京府神田(現 千代田区外神田三丁目)、日本初となる石油精製所は妻科村石堂町(現 長野市北石堂町)の刈萱山西光寺境内に置いた。当初129m3の産出があり、設備の新設などで224m3まで増やしたが、これ以上は伸びなかった。1881年(明治14年)に同社は倒産し、その後はガラス工場の燃料などに細々と利用されてきたが、1973年(昭和48年)に200年以上に及ぶ石油利用は終わった[5]。現在は石油井戸のみ残され、保存されている。

地区内の人口および世帯数は、29世帯 56人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

戸隠ゆきの路線バスが地区内を走るが、停留所はない。最寄りの停留所は、浅川ループラインを南西に800mほど下った浅川東条地区内。

地区内には、長野市乗合タクシー「あさかわ号」2・3コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

施設[編集]

台ケ窪[編集]

台ケ窪(だいがくぼ)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0071

山間部の集落。周囲は以下の大字町丁と接する。

集落は南部にあり、大半は山林である。

地区内の人口および世帯数は、14世帯 25人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

地区内には、長野市乗合タクシー「あさかわ号」2・3コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

一般の路線バスはない。

施設[編集]

中曽根[編集]

中曽根(なかそね)は、浅川地域北西部の地区。郵便番号381-0074

中央部を長野県道506号戸隠高原浅川線浅川ループライン)が南東から北西に走る。周囲は以下の町丁と接する。

主な集落は南東部にある。北西部には長野市ボブスレー・リュージュパークスパイラル」があり、長野五輪ボブスレーリュージュ競技会場となった。現在でも公式競技が開ける国内唯一の会場として利用されている。

地区内の人口および世帯数は、46世帯 111人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

地区内を走る、アルピコ交通の以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

スパイラル


三ツ出[編集]

三ツ出(みついで)は、浅川地域北部の地区。郵便番号381-0076

南端を長野県道506号戸隠高原浅川線浅川ループライン)がかすめる。周囲は以下の大字町丁と接する。

集落は南部にあり、大半は山林である。地区北部には長野京急カントリークラブのコースの一部がまたがっているほか、逆谷地湿原が広がる。

地区内の人口および世帯数は、13世帯 32人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

長野市乗合タクシー「あさかわ号」1コースが乗り入れるが、乗車には会員登録を要する。

一般の路線バスはない。

施設[編集]

屋敷田[編集]

屋敷田(やしきだ)は、浅川地域南東部の地区。郵便番号381-0055

周囲は以下の大字町丁と接する。

全域が宅地化された住宅地。南東部は北部中学校の敷地が占める。

地区内の人口および世帯数は、290世帯 749人(平成29年4月1日現在)[1]

交通[編集]

路線バス

地区内を走るアルピコ交通の以下の路線系統が利用できる。

施設[編集]

  • 長野市立北部中学校

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 長野市町別人口及び世帯数 - 長野市企画政策部企画課
  2. ^ ここでは長野市役所の支所管轄に基づく地区を指す。
  3. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 20 長野県』角川書店、1990年 (ISBN 4040012003)
  4. ^ 足もと歴史散歩 (125) 伺去神社〜近郷一の長い石段が自慢〜 - 週刊長野
  5. ^ 現地案内板より。写は浅川油田 - 産業技術遺産探訪にあり。

関連項目[編集]