浅野長武 (侯爵)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東京国立博物館長時代の浅野長武(『アサヒグラフ』1956年10月14日号より)

浅野 長武(あさの ながたけ、1895年明治28年)7月5日 - 1969年昭和44年)1月3日[1])は、日本の美術史家、政治家華族貴族院侯爵議員東京国立博物館長を歴任した。

経歴[編集]

東京市出身。侯爵浅野長之の息子として生まれる[1]学習院高等科を経て、1920年東京帝国大学文学部国史科を卒業し、さらに同大学大学院を修了[2][3][4]。父・長之が1940年12月20日に隠居し[5]家督を相続。同月28日、侯爵を襲爵し貴族院侯爵議員に就任[6]火曜会に所属し1947年5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]

1927年、学習院講師に就任[4]。その他、内務省嘱託、帝国学士院嘱託、東京府嘱託、文部省委員、歌御会始読師などを歴任[2]。また、重要美術品等調査委員会会長、正倉院評議員、国立近代美術館評議員、国立西洋美術館評議員なども務めた[3][4]

1951年、東京国立博物館長に就任し、美術界で話題となる大展覧会を開催した[3]。また、館長在任中の1960年(昭和35年)2月29日浩宮徳仁親王(現・第126代天皇)および1965年(昭和40年)12月6日礼宮文仁親王(現・皇嗣)の「浴湯の儀」において、前田利建宮内庁式部官)とともに鳴弦の儀を執り行った[7]

著書[編集]

  • 『美術道すがら』講談社、1966年。
  • 『日本美術の流れ』信濃毎日新聞社、1966年。

親族[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f g 『平成新修旧華族家系大成』上巻、24-25頁。
  2. ^ a b c 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』13頁。
  3. ^ a b c 『日本近代文学大事典 第1巻』30頁。
  4. ^ a b c 『日本考古学人物事典』87頁。
  5. ^ 『官報』第4189号、昭和15年12月21日。
  6. ^ 『官報』第4195号、昭和15年12月29日。
  7. ^ 『朝日新聞』東京本社版、1960年2月29日付夕刊第3版1面および1965年12月6日付夕刊第3版1面

参考文献[編集]

  • 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』上巻、霞会館、1996年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 日本近代文学館編『日本近代文学大事典 第1巻』講談社、1977年。
  • 斎藤忠『日本考古学人物事典』学生社、2006年。
日本の爵位
先代:
浅野長之
侯爵
広島浅野家第3代
1940年 - 1947年
次代:
華族制度廃止