浅野養長

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浅野 養長(あさの やすなが、1872年10月7日明治5年9月5日) - 1941年昭和16年)3月5日)は、日本の男爵正三位

経歴[編集]

広島藩7代藩主浅野重晟の孫浅野懋昭の九男として生まれ、明治21年(1888年)に分家し、特旨をもって同年11月1日に男爵を叙爵する。浅野長勲の弟。焼津神社宮司。正三位。妻は酒井忠惇の五女登喜子。

栄典[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 『官報』第6766号「叙任及辞令」1906年1月22日。

参考文献[編集]

日本の爵位
先代:
叙爵
男爵
広島浅野家(分家)初代
1888年 - 1941年
次代:
浅野正昭