浜松救難隊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
浜松救難隊
JASDF UH-60J(28-4555) right front view at Hamamatsu Air Base September 28, 2014.jpg
浜松救難隊のUH-60J
創設 1971年3月1日
所属政体 日本の旗 日本
所属組織 Flag of the Japan Air Self-Defense Force.svg 航空自衛隊
部隊編制単位
兵種/任務/特性 捜索救難
所在地 静岡県浜松基地
編成地 静岡県浜松基地
標語 他を生かすために
That others may live
上級単位 航空救難団
最終上級単位 航空総隊
テンプレートを表示

浜松救難隊(はままつきゅうなんたい、英称:Hamamatsu Air Rescue Squadron)は、航空自衛隊航空総隊航空救難団隷下の航空救難部隊。静岡県浜松基地に所在し、捜索救難機にU-125A、救難ヘリコプターにUH-60Jを運用する。

概要[編集]

浜松救難隊のU-125A

浜松救難隊の前身は、1959年(昭和34年)5月15日小牧基地で編成された小牧救難分遣隊(1961年(昭和36年)に小牧救難隊へ改編)で、1971年(昭和46年)3月1日に浜松基地へ移動後に浜松救難隊へ改編された[1]

部隊マークは、富士山をモチーフとしたデザインになっている[2]

事故[編集]

2017年(平成29年)10月17日に浜松救難隊所属のUH-60J(58-4596号機[3])が、飛行訓練のため浜松基地を離陸後、浜松基地沖の洋上に墜落し、乗員4名のうち3名が死亡、1名が行方不明となった[4]

航空自衛隊のUH-60Jとしては2回目、近代化型のUH-60J(JII)としては初の墜落事故となった[5]

経過[編集]

10月17日にUH-60J救難ヘリコプター(58-4596号機)は飛行訓練のため、17時51分頃に浜松基地を離陸した[3]。事故機には機長のA3等空佐(42歳)、操縦士のB3等空佐(46歳)、機上整備員のC2等空曹(40歳)、救難員のD3等空曹(32歳)の計4名が搭乗していた[3]

17時57分頃に浜松基地との最終交信後、18時2分にレーダー航跡から消失。18時39分頃からU-125A捜索救難機及びUH-60J救難ヘリコプターによる捜索を開始し、事故機の部品類と見られる燃料タンク、ストレッチャー、浮舟、メインタイヤ2輪、左右キャビンドア、テールローター、ヘルメット3個、吊り上げ用フック、左のみの航空靴、外装タンク、プローブを発見した[3][6]

11月26日16時32分に浜松基地の南約31km付近で事故機の機体底部及び機体後部を揚収し、フライトデータレコーダーを回収[7]11月29日9時50分頃にカメラ付き無人探査機での海中捜索で、海底に搭乗員1名を発見し、12月3日13時に収容[8][9]12月4日にもう1名を発見し収容[10]12月7日にさらに1名を発見し、12月10日に収容した[11][12]

12月13日に残る搭乗員1名と機体の捜索を断念し、捜索活動の終了が発表された[13]

沿革[編集]

部隊編成[編集]

  • 隊本部
  • 総括班
  • 飛行班
  • 整備小隊

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g 航空救難団ウェブサイト航空救難団の沿革2017年12月30日閲覧
  2. ^ イカロス出版 自衛隊の名機シリーズ5 航空自衛隊T-4/C-1/E-767 48頁 「航空教育集団&航空支援集団部隊パッチ大全 航空救難団」石原肇
  3. ^ a b c d 航空幕僚監部報道発表資料29.10.18 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第3報)
  4. ^ a b 静岡新聞WEB版2017.12.11 3人目の遺体収容 空自浜松ヘリ墜落操縦士の3佐2017年12月30日閲覧
  5. ^ イカロス出版 JWing No.233 2018年1月号 82頁 「読者がつくる飛来機のページ Fever! 新造機情報」坪田敦史
  6. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.10.17 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第2報)
  7. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.11.26 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第4報)
  8. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.11.29 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第5報)
  9. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.12.3 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第6報)
  10. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.12.4 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第7報)
  11. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.12.7 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第8報)
  12. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.12.10 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第9報)
  13. ^ 航空幕僚監部報道発表資料29.12.13 浜松基地所属ヘリ(UH-60J)のレーダー航跡消失について(第10報)
  14. ^ イカロス出版 Jwing No.105 2007年5月号 42頁 「浜松救難隊UH-60J導入!」中井俊治
  15. ^ イカロス出版 JWing No.125 2009年1月号 7頁 「2008年10月22日 浜松基地 航空自衛隊MU-2退役記念式典」
  16. ^ イカロス出版 JWing No.137 2010年1月号 51頁 「浜松救難隊V-107A最終訓練飛行」赤塚聡

関連項目[編集]