浜松球場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
四ツ池公園 > 浜松球場
浜松球場
Hamamatsu Baseball Stadium
Hamamatsu stadium.JPG
浜松球場の位置(静岡県内)
浜松球場
施設データ
所在地 静岡県浜松市中区上島6-19-1
座標 北緯34度44分35.6秒 東経137度44分2.7秒 / 北緯34.743222度 東経137.734083度 / 34.743222; 137.734083座標: 北緯34度44分35.6秒 東経137度44分2.7秒 / 北緯34.743222度 東経137.734083度 / 34.743222; 137.734083
開場 1948年
修繕 1979年
拡張 2004年
所有者 浜松市
管理・運用者 財団法人浜松市体育協会(指定管理者
グラウンド 内野:クレー舗装、外野:天然芝
照明 照明塔:6基
最大照度:投捕間 2000Lx
内野:1500Lx
外野:1000Lx
建設費 初期費用150~180億円 整備費全体で210~250億円
旧称 浜松市営球場
使用チーム • 開催試合
全国高等学校野球選手権静岡大会
中日ドラゴンズ(不定期)
収容能力
26,000人(内野スタンド:11,220人、外野スタンド:14,780人)
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積:グラウンド面積:12,659m2
両翼 - 99.1 m
中堅 - 122 m
浜松球場の位置(静岡県内)
浜松球場
当球場の位置

浜松球場(はままつきゅうじょう)は、静岡県浜松市中区四ツ池公園内にある野球場。施設は浜松市が所有し、財団法人浜松市体育協会が指定管理者として運営管理を行っている。

歴史[編集]

1948年、坂田啓造が浜松市長を務めていた時期に浜松市営球場(はままつしえいきゅうじょう)として開場。両翼91.5m、中堅106m。高校野球社会人野球などアマチュア公式戦の他、プロ野球公式戦も開催されたが、施設の老朽化に伴い全面改築されることとなり、1979年に改築工事が完工、同年6月に現球場が開場した。当時は両翼91m、中堅118m。2003年にはスコアボードを電光掲示板に改造し、2004年3月に球場のリニューアル工事が完成し、耐震補強工事、グラウンド拡張、選手控室・ロッカー室・観客用トイレ(内野のみ)の改良が行われた。

プロ野球では中日ドラゴンズオープン戦と公式戦を年1〜2試合、当球場で主催している。この他、読売ジャイアンツ(巨人)が主催公式戦を1953年から1983年まで断続的に開催し、また主催オープン戦を1993年まで毎年1試合(不定期)開催していた。

パシフィック・リーグでは1990年から1992年には日本ハムファイターズ、1995年には西武ライオンズが公式戦をそれぞれ年1試合開催した(ただし1991年の日本ハム戦は雨天中止)。

中日ドラゴンズは春季キャンプ(1977年まで)、及び秋季キャンプ(1986年まで)を浜松球場で行なっていた。

バックスクリーンがフィールド側にせり出しており、またスクリーンのすぐ後方にはを掲揚するポールが設けられている。バックスクリーン後方には外野スタンドの入場口や洗面所などが設けられているため、こうした配置となっている。

2005年からフェンス広告の掲出が開始された。スポンサー企業は静岡県内が中心だが、稀に愛知県豊橋市に本社を置く企業もある。静岡県で初めてフェンス広告を取り入れた野球場である。

主なエピソード[編集]

  • 1981年7月21日の中日-ヤクルト戦で、ヤクルトの大杉勝男が通算2000本安打を達成。
  • 1983年には日米大学野球太田誠監督(駒澤大学)の出身地ということで1試合開催された。日本が7-0と大勝したが、14奪三振の大会記録(当時)を達成して完封勝利を収めた河野博文をはじめ、白井一幸横田真之広沢克己ら、後にプロ野球で活躍する選手も多数出場した。
  • 同年10月3日の読売ジャイアンツ-広島東洋カープ戦で巨人の松本匡史セントラル・リーグ新記録となるシーズン75個目の盗塁を決めた。
  • 1986年4月の中日-大洋戦では、9回裏中日の攻撃中に、判定を巡って大洋近藤貞雄監督が猛烈に抗議。審判に「ヘボ」と怒鳴り、退場処分となった(試合は大洋が勝利した)。これが退場の最年長記録(60歳)となった(さらに、後年日本ハム監督時に自ら更新した。)。
  • 同年7月4日の中日-ヤクルト戦では、試合終盤に中日ベンチが混乱、大島康徳が5年ぶりに三塁を守ることになる等おかしな選手交代があった。翌日、山内一弘監督が休養となったため、この試合が山内にとって中日の指揮を執った最後の試合となった。
  • 1990年7月7日の日本ハム-ダイエー戦で、ダイエーの藤本博史サイクルヒットを達成。
  • 1993年4月18日、中日対ヤクルトスワローズ3回戦、試合終了後、ベンチへ引き揚げてきたアロンゾ・パウエルが、グラウンドからダッグアウトへのコンクリートむき出しの階段で足を滑らせて転倒し、左膝の半月板を損傷した。このため戦線を離脱し途中帰国して手術することを余儀なくされ、結果的にこのシーズン、34試合を欠場することとなった。それをきっかけに、この階段にラバーシートが敷かれるようになった。
  • 2011年4月26日、当球場での中日-横浜戦と草薙球場でのヤクルト-巨人3連戦の第1戦が、1975年8月24日[1]以来36年ぶりの、静岡県内での同日のプロ野球2カード開催となった。ヤクルト-巨人戦は、東日本大震災による4月中の東京電力管内でのナイター自粛に伴い、開催地が変更されたものであった。
  • 2013年3月11日に中日-巨人戦が開催。なお、この日は東日本大震災からちょうど2年を迎えることから、発生時刻の午後2時46分に試合を中断し、黙祷を行った。


施設概要[編集]

浜松球場[編集]

  • 両翼:99.1m、中堅:122m
  • 内野:クレー舗装、外野:天然芝
  • 照明設備:照明塔6基
  • スコアボード:LED式 ボールカウント「BSO」表示
  • 収容人員:26,000人(内野:座席11,000人、外野:芝生席15,000人、身障者用席有)
  • 放送席 - バックネット裏内野席上段に設置。グランド側の顔出し用の窓は使用していない場合、シャッターで開閉ができる。

第二野球場[編集]

  • 両翼:80m、中堅:97m
  • 内野:クレー舗装、外野:芝生

アクセス[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 浜松球場での日本ハム-近鉄ダブルヘッダーと草薙球場での大洋-中日戦。

関連項目[編集]