浦和車両放火内ゲバ殺人事件

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

浦和車両放火内ゲバ殺人事件(うらわしゃりょうほうかうちゲバさつじんじけん)とは、1977年4月15日埼玉県浦和市(現:さいたま市南区)で発生した内ゲバ放火殺人事件。革労協(解放派)革マル派 4名を殺害した。

事件の概要[編集]

1977年4月15日午後9時5分、埼玉県戸田市革マル派の印刷工場からワゴン車が発進した。このワゴン車は敵対党派の内ゲバから身を守るために、金網や鉄板を取り付けて改造するなどの特殊仕様の車両であった。浦和市に差し掛かった頃、大型トラックがワゴン車の前に飛び出した。ワゴン車は急停止したが、後ろからもトラックが衝突し、2台に挟まれる状態となった。そして、トラックから約10人の人間がワゴン車を取り囲み、ドアを乱打して開かないようにした上で窓ガラスを割り、ガソリンを流し込み火を付けた。目撃者が火を消そうとしたが、火勢が強く、中にいた革マル派構成員4人は全員焼死した。犯人はその間に逃走した。

4月16日、革マル派は事件の存在を明らかにし、死亡した構成員の氏名を公表した。

翌4月17日、三里塚芝山連合空港反対同盟が開催した三里塚闘争史上最大規模の集会(成田空港問題)を開催。革労協(解放派)はこの集会で犯行を自認するビラを配布して、自党派による内ゲバ事件であることを明らかにした。なお、この日の朝、革マル派は水本事件と本事件への報復を名目に同集会会場への経路となる京葉道路に重油を撒くなどして、妨害行為を行っていた[1]

参考文献[編集]

  • 『過激派事件簿40年史』立花書房、2001年

脚注[編集]

  1. ^ 原口和久 (2000). 成田空港365日. 崙書房. pp. 80-81. 

関連項目[編集]