浦紘史

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浦 紘史 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ウラ ヒロシ
ラテン文字 URA hiroshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1992-10-10) 1992年10月10日(26歳)
出身地 山口県防府市
身長 165cm
体重 67kg
選手情報
在籍チーム FCティアモ枚方
ポジション MF
背番号 8
ユース
2008-2010 アビスパ福岡U-18
2011-2014 佐賀大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2015 日本の旗レノファ山口FC 0 (0)
2016- 日本の旗FCティアモ枚方
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

浦 紘史(うら ひろし、1992年10月10日 - )は、山口県防府市出身のサッカー選手。ポジションはミッドフィールダー

来歴[編集]

ジュニアユースチームのレオーネ山口(現・レノファ山口FCアカデミー)U-15の防府市のチーム出身[1]。当時レオーネにU-18クラスがなかったことからアビスパ福岡U-18に加入。2010年にはボランチとして福岡のJFAプリンスリーグ九州初優勝とU-18プレミアリーグへの昇格に貢献[2][3]

その後佐賀大学(九州大学1部)に進学。天皇杯は2012年・2013年に出場しているが、2014年はベンチメンバーから外れた。

2015年レノファ山口FCに入団[4]。1年早く山口に入団した菊本侑希はレオーネ山口U-15→福岡U-18の1学年後輩にあたり(菊本は大学2年で休学→中退、浦は卒業後の入団)、福岡時代は寮の同部屋だったという[5]。しかし、山口ではベンチ入りの機会も与えられず1年で退団となった[6][7]

2016年に関西リーグ2部のFCティアモ枚方に移籍[8]。同チームを関西リーグ1部に昇格させる立役者の一人となったが、2018年シーズン終了後に退団。

2019年からは関西リーグ2部の京都紫光クラブに移籍[9]することが発表された。

所属クラブ[編集]

タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Jリーグサッカーキング 2015, p. 49.
  2. ^ “[プリンスリーグ]“優勝決定戦”で耐えた福岡U-18が初の九州制覇!!(大分U-18vs福岡U-18)”. ゲキサカ (講談社). (2010年7月11日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?71151-59307-fl 2015年9月18日閲覧。 
  3. ^ “[全日本ユース(U-18)選手権]チーム紹介:福岡U-18”. ゲキサカ (講談社). (2010年9月3日). http://web.gekisaka.jp/news/detail/?73392-62733-fl 2015年9月18日閲覧。 
  4. ^ レノファ山口 (2015年1月13日). “浦紘史選手、原口拓人選手、古澤慶太選手 加入のお知らせ”. 2015年9月18日閲覧。
  5. ^ Jリーグサッカーキング 2015, p. 50.
  6. ^ “J3優勝&J2昇格の山口、GK森田ら10選手が退団”. スポーツニッポン. (2015年11月26日). http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2015/11/26/kiji/K20151126011580430.html 2015年11月26日閲覧。 
  7. ^ “退団選手のお知らせ” (プレスリリース), レノファ山口FC, (2015年11月26日), http://www.renofa.com/archives/6223/ 2015年11月26日閲覧。 
  8. ^ トップチーム”. FCティアモ枚方. 2016年4月9日閲覧。
  9. ^ トップチーム 浦紘史選手加入のお知らせ”. 京都紫光クラブ. 2019年1月19日閲覧。
  10. ^ 第50回(2015年)~52回(2017年)”. 関西サッカーリーグ. 2018年12月19日閲覧。

参考資料[編集]

関連項目[編集]