海部おろし

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海部おろし(かいふおろし)とは、1991年政治改革関連法案を巡って海部俊樹首相を退陣させた自由民主党内の倒閣運動のこと。

経緯[編集]

1991年9月30日、政治改革法案が自民党内の意見がまとまらず衆議院政治改革特別委員長だった小此木彦三郎は審議日数の不足を理由に廃案にすることを提案し、与野党理事が合意した。政治改革法案廃案は海部の知らないところで行われる結果となった[1]

それを受け、海部は党四役らとの緊急会議で「重大な決心で臨む」「重大な気持ちでやっていく」といった内容の発言を「重大な決意で臨む」と置き換えられて報道された。これは衆議院解散総選挙を匂わせる発言であった。「伝家の宝刀」の異名を持つ解散権は首相の権限と認識されていた[2]。しかし、自民党内では以前から政治改革関連法に反対していた宮澤派三塚派渡辺派はこの発言に反発した。与野党国対委員長会談で継続審議と衆議院議長のもと与野党協議機関を設立することが拒否されると海部は衆議院解散を決意した。しかし、反対派の結束に孤立を恐れた竹下派親小沢勢力までも反対を表明し海部の求心力は無くなった。海部は解散に踏み切ることが出来ず、廃案の責任を取る形で自由民主党総裁の任期満了をもって内閣総辞職した[3]

その他[編集]

  • 海部は後に、「重大な意思で臨む」を何者かにより「重大な決意で臨む」に置き換えられたと語り、意図的に海部を総理の座から引きずり降ろす動きがあったことを暗に示唆している。
  • その場に同席していた官房副長官大島理森は「『重大な決意』と言ったか『重大な思いで』と言ったか記憶が定かではない。ただ『重大』という言葉は使った。言葉が一人歩きするだろうな、と思った」と回想している。
  • 当時自民党で絶大な影響力を持っていた竹下派の会長・金丸信は「重大な決意とは何だ。重大な決意という以上、当然、解散やったらいいじゃないか」と海部に通牒した。
  • 1976年、海部の師匠格に当たる三木武夫が首相の時、倒閣運動(三木おろし)が起こった際に衆議院解散構想があったが、海部は官房副長官として三木おろしと衆議院解散構想と解散断念を目の当たりにしていた。15年後、海部が首相となり、師匠の三木と同じく党内反発から解散を考える政局になったが、結局、三木と同じく解散できなかった。

脚注[編集]

  1. ^ 海部 2010, pp. 147.
  2. ^ 海部 2010, pp. 149.
  3. ^ 海部 2010, pp. 151-155.

参考文献[編集]

  • 海部俊樹 『政治とカネ 海部俊樹回顧録』 新潮社、2010年12月。ISBN 978-4106103940。

関連項目[編集]