深作清次郎

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ふかさく せいじろう
深作 清次郎
生誕 (1911-05-18) 1911年5月18日
日本の旗 茨城県那珂郡
出身校 東京市立京橋商業専修学校[1][注 1]
職業 政治活動家印刷業者
肩書き 反ソ決死隊隊長
政党 反ソ決死隊

深作 清次郎(ふかさく せいじろう、1911年5月18日[4] - 没年不明)は、日本の政治活動家街宣右翼反ソ決死隊)、印刷業者

略歴[編集]

政治的主張等[編集]

  • いわゆる泡沫候補を意図的に無視、排除するマスコミ報道姿勢を「選管も法も無視して横行する大マスコミの選挙干渉、泡沫と誰か名づけし。天に唾吐けば己れに帰すとこそ知れ」と批判していた。同時に、政見放送で商品の饅頭を宣伝するためだけに立候補した熱海の土産屋「天の川」[10]のような売名または奇行の候補も、他の泡沫候補へ悪影響を及ぼすと糾弾している[11]
  • 反ソ決死隊隊長、救国党参与、暁戦友会会長、天照義団副団長、天照士魂の会主幹、大日本民族同志会顧問、世界連邦協会相談役、世界連邦日本国民会議議長、対ソ国防協議会会長、韓日友好協会理事、日露戦争研究会世話人等、雑多な肩書を語っていたが、それらの殆どは深作の一人一党か、他団体への名義貸し的参加であり、名称も時々で変転するなど、実体は無かった。
  • 強硬な赤狩り論者で、日本社会党創価学会日教組青法協赤軍派などの打破をスローガンに掲げていた。だが、中ソと距離を置き始めた孤立路線転換後の日本共産党や自民党内タカ派以上に反共・反ソ路線も党内に存在した民社党を「ソ連の手先」呼ばわりし続けるなど、単なる狂信的なソ連嫌いというだけで、国際情勢に対する確たる認識に基づいたものではなかった。また、「天の神、地の仏が日本を守っている」と非現実的な論理を展開していた[12]

エピソード[編集]

  • 主義主張の異なる者に対しても、誠実さが伝われば情を通わせることがあった。1980年代前半、日教組の青年部長だった森越康雄は、深作の抗議に何度も応対した。ある日、深作が抗議文の巻紙を朗読した後、森越に「何か言う事はあるか」と尋ねて「体に気を付けて頑張って下さい」と返されたところ、涙を流して「お前は槙枝みたいになるなよ」と語りかけた[13][14]
  • 立会演説会や政見放送の冒頭で、嗄れた声を振り絞って軍歌を独唱し、日露戦争について熱く語るのが恒例だった[11]1986年第15回参議院議員通常選挙東京都選挙区)では『独立守備隊の歌』を唄っている[12]
  • 1975年東京都知事選挙で共に立候補した秋山祐徳太子は、同選挙後に銀座で美人の秘書を伴っていた深作と偶然会った。深作から蕎麦屋に誘われて入ったが、深作は蕎麦が出る前に軍歌『橘中佐』を突如唄い出し、周囲を驚かせた。秋山は「堂々たる気骨、その純粋さに心を打たれた」と語っている[11]
  • 東京都知事選挙には、1967年から1987年までに行われた6回中5回出馬した。唯一出馬しなかった1971年東京都知事選挙には、鈴木東四郎が反ソ決死隊の推薦によって出馬している。なお、深作と鈴木は1975年東京都知事選挙に同時に出馬している。

主な選挙歴[編集]

国政選挙[編集]

選挙 選挙区 政党 得票 得票率 順位 肩書
1960年11月20日 第29回衆議院議員総選挙 旧東京都第4区 議会主義政治擁護国民同盟 154 0.05% 10/10 著述業
1962年7月1日 第6回参議院議員通常選挙 茨城県選挙区 無所属 5,644 0.73% 5/5 著述業
1963年11月21日 第30回衆議院議員総選挙 旧神奈川県第3区 議会主義政治擁護国民同盟 230 0.06% 11/11 著述業
1965年7月4日 第7回参議院議員通常選挙 神奈川県選挙区 議会主義政治擁護国民同盟 10,298 0.64% 6/7 著述業
1967年1月29日 第31回衆議院議員総選挙 旧神奈川県第2区 無所属 833 0.15% 9/9 著述業
1968年7月7日 第8回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 無所属 1,484 0.03% 22/24 著述業
1969年12月27日 第32回衆議院議員総選挙 旧東京都第1区 世界連邦日本国民会議 106 0.00% 13/13 著述業
1971年6月27日 第9回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 無所属 1,247 0.03% 16/16 著述業
1972年12月10日 第33回衆議院議員総選挙 旧東京都第7区 大日本独立青年党 730 0.08% 9/9 著述業
1974年7月7日 第10回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 無所属 2,506 0.04% 15/20 著述業
1977年7月10日 第11回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 無所属 4,149 0.08% 17/18 著述業
1979年10月7日 第35回衆議院議員総選挙 旧東京都第6区 反ソ決死隊 300 0.12% 8/8 著述業
1980年6月22日 第12回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 反ソ決死隊 6,823 0.12% 11/11 著述業
1983年6月26日 第13回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 日本国民政治連合 1,236 0.03% 39/50 著述業
1983年12月18日 第37回衆議院議員総選挙 旧東京都第6区 反ソ決死隊 422 0.15% 8/8 著述業
1986年7月6日 第14回参議院議員通常選挙 東京都選挙区 正義と人権を守り明日の日本を考える救国斬奸党 1,633 0.03% 39/50 著述業

首長選挙[編集]

選挙 政党 得票 得票率 順位 肩書
1963年4月17日 神奈川県知事選挙 無所属 9,341 0.8% 4/4 -
1967年4月15日 東京都知事選挙 世界連邦日本国民会議
日本青年社 推薦)
2,184 0.04% 9/10 著述業
1975年4月13日 東京都知事選挙 無所属
日本青年社、同結社 推薦)
541 0.01% 13/16 著述業
1979年4月8日 東京都知事選挙 無所属
日本青年社、同結社 推薦)
1,320 0.03% 11/13 著述業
1983年4月10日 東京都知事選挙 無所属
日本青年社、同結社 推薦)
4,319 0.11% 8/12 著述業
1987年4月12日 東京都知事選挙 無所属
反ソ決死隊日本青年社 推薦)
7,716 0.21% 8/11 著述業

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 東京市立京橋尋常小学校に1909年から1935年まで併設された京橋区営の実業補習学校[2][3]
  2. ^ 『大日本独立青年党議会主義政治擁護国民同盟』とも、略称:議擁同
  3. ^ 深作は準構成員
  4. ^ 1989年の時点で日本民族倶楽部は事実上活動を停止している[9]
  5. ^ 愚連隊暴走族上がりの青少年を「思想改造」し、街宣右翼団体構成員に育成する私塾

出典[編集]

  1. ^ a b 朝日新聞1986年7月5日朝刊20面
  2. ^ 学校の沿革(中央区立京橋築地小学校)
  3. ^ 田所祐史「地域社会教育施設の歴史的研究―公民館への継承と断絶― (PDF) 」 『CORE』2014年、 36頁。
  4. ^ a b 『右翼運動要覧 戦後編』日刊労働通信社、1976年、154頁。
  5. ^ 司法省刑事局思想部 (1936-05). 國家主義乃至國家社會主義團體輯覽 昭和十年十二月調(思想硏究資料 特輯第二十六號) (Report). pp. 169-170,234-235. 
  6. ^ a b 藤田五郎『公安大要覧』笠倉出版社、1983年、605,650。
  7. ^ 後の稲川会越路家一家三代目、全愛会議理事長
  8. ^ 日本青年社の歩み(2008年9月3日更新)
  9. ^ a b 高木正幸『右翼・活動と団体』土曜美術社、1989年、14頁。
  10. ^ 衆議院第147回国会法務委員会議事録(2007年3月17日付アーカイブ)
  11. ^ a b c 秋山祐徳太子『ブリキ男』晶文社、2007年2月、161-162頁。
  12. ^ a b 大川(DVD).
  13. ^ 論座』2005年6月号57ページ、朝日新聞社
  14. ^ 鈴木邦男をぶっとばせ! 2014年12月15日

参考文献[編集]

  • 大川豊『日本インディーズ候補列伝』扶桑社、2007年7月6日。ISBN 978-4594053970。――深作清次郎の1986年の参議院選挙における政見放送を付属DVDに収録