清水丈夫

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

清水 丈夫(しみず たけお、1937年 - [注釈 1])は、新左翼活動家。革命的共産主義者同盟全国委員会(中核派)議長。

人物[編集]

農家の出身。湘南高校出身。高校時代はラグビー部に所属した[1]東京大学経済学部卒。日本共産党武装闘争放棄に反発し、島成郎香山健一北小路敏らと共産主義者同盟(第一次ブント)を結成。全学連の書記長として、60年安保闘争で活躍[2]。その後、自己批判して革命的共産主義者同盟全国委員会(略称:革共同全国委)に結集。現在に至るまで、運動を継続する。筆名は岡田新津久井良策など。革マル派の機関紙『解放』では、「シミタケ」とあだ名がつけられている。

1975年3月14日、革共同全国委の代表の本多延嘉が革マル派により殺されるが、それ以降の革共同全国委の最高指導者となる。現在に至るまで外部との接触を一切絶っており、テレビや商業雑誌などのメディアに登場することは皆無であるうえ、写真なども一切伝わっていない。さらに、他者がコンタクトをとったり著作を入手するにも偽名が必要など、外部に対して相当神経質になっている面が窺える[3]

セクト主義、軍事主義的傾向の強い人物であるという批判がある。

著書[編集]

  • 『内乱と武装の論理』(前進社
  • 『清水丈夫選集』(前進社)
    • 全10巻予定、2016年に第6巻刊行[4]

注釈[編集]

  1. ^ 高校時代から親交があったエッセイストの近藤節夫(1938年生まれ)のHPに、一年先輩という記述あり(144.元全学連書記長・清水丈夫さんの思い出、2007年10月5日)

脚註[編集]

  1. ^ 近藤節夫「144.元全学連書記長・清水丈夫さんの思い出
  2. ^ 「闘う全学連」(全学連中央書記局情宣部編、1960年3月)
  3. ^ 近藤節夫「189.「清水丈夫選集」第5巻を漸く入手」、2007年11月19日、2016年11月12日閲覧
  4. ^ 『前進』第2779号「清水丈夫選集第6巻を刊行 鮮明な時代認識と情勢論」(2016年9月2日)