清算主義 (経済用語)

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清算主義(せいさんしゅぎ、: Liquidationism)とは、政府中央銀行不況下でも積極財政金融緩和などの経済介入をすべきではなく、不況に任せて経済に蓄積した不良を清算することが必要だという、オーストリア学派の経済思想およびそれに基づく経済政策[1][2]市場原理を尊重し、不況の放置により企業雇用淘汰整理を誘発して、経済主体新陳代謝を進めることが、将来の経済健全化につながるという立場を取る。

概要[編集]

清算主義は1929年アメリカで始まった世界恐慌の際、ハーバート・フーヴァー政権下で財務長官を務めたアンドリュー・メロンが述べたとされる「労働者を清算せよ、株式を清算せよ、農民を清算せよ、不動産を清算せよ」「恐慌は経済システムから腐敗を粛清する。水膨れした生計費が下落する。人々はより勤勉に働き、より道徳的な生活を送ることになるだろう。価格は適正値に調整され、企業家精神に溢れた人々が、無能な人々の残した事業の瓦礫を拾い上げることになるだろう」という発言が源流である[3]

清算主義の背景には、当時の経済学の主流派であった古典派経済学があり、フーヴァーもレッセフェール見えざる手を重視する古典派経済学を信奉していた。清算主義に非常に近い概念にヨーゼフ・シュンペーターが提唱した「創造的破壊」があり、これもまた清算主義に包括される。

清算主義者は、経済停滞の原因が企業や雇用の無駄や非効率性にあるという認識に立つ。よって不況であろうと、政府が市場に介入して財政政策や金融政策によって、生産性が低かったり破綻状態にある企業や雇用を延命させれば、経済の資源配分が歪み、中長期的には経済を非効率な状態にしてしまい、将来の経済成長を阻害すると結論づける[4]。従って清算主義者は、不況であっても企業や労働者の救済を行わずに緊縮財政政策などで経済主体を厳しい環境に置くことを主張する。そして大不況を奇貨として容赦なく企業や雇用を潰すことを求める。その結果、過酷な経済環境に耐えられない非効率であったり持続力の低い企業や雇用が市場から排除されたり強い組織に吸収されることで、経済主体の淘汰と新陳代謝が進み国民経済全体の生産性向上と効率的な資源配分が達成されると考える。

世界恐慌における対応の失敗[編集]

世界恐慌が発生してもフーヴァーが政府の無作為を貫き、何ら有効な不況対策を行わなかった結果、アメリカでは恐慌が深刻化した[5][6]。フーヴァーは「景気はそのうち回復する」という認識の下で大統領職を退くまで断固として緊縮財政と高金利政策を継続し、恐慌をひたすら悪化させた。アメリカが本格的に世界恐慌から立ち直ったのは、フランクリン・ルーズベルト政権下でのニューディール政策及び第二次世界大戦に伴う莫大な需要拡大を通じてであった。

また、同時期に日本に世界恐慌の波が押し寄せた際、首相であった濱口雄幸立憲民政党両院議員評議員連合会の演説で「明日伸びむが為に、今日縮むのであります」と語り、短期的な痛みに耐えて企業の淘汰と産業の再編を行い、過去の不良を清算することが必要であるという清算主義の見解を示した。そして井上準之助蔵相と共に金解禁に踏み切り緊縮財政を行ったが、不況をさらに下押ししてしまい、昭和恐慌が発生した[7][8][9]。日本が昭和恐慌から脱出したのは犬養内閣の下で高橋是清蔵相が行った、金輸出再禁止に伴う管理通貨制度への移行に加え、国債日銀引き受けによる時局匡救事業や軍事予算の増額等の財政政策を通じてであった。このように日本の景気回復も、アメリカと同様に政府の積極財政による需要拡大が誘引である。

不況に陥ると、倒産廃業失業・賃下げが大規模に増加し、企業は投資雇用を削減し労働者は消費を抑制する。その結果としてさらに総需要が縮小し、ますます不況が深刻化してデフレスパイラルに陥る。こうした合成の誤謬によって、不況下では有効需要の縮小に引きずられてサービスの生産の減少・停滞が続き、市場原理による自然回復もできなくなる。加えてバランスシート不況によって、企業は債務返済を優先するようになるため、投資が大きく減少して将来の成長余地も失われてしまう。

さらに、不況下で生き残るのは、純資産を多く保有している財務の健全性が高い企業であり、財務基盤が弱いベンチャー企業や、銀行からの借り入れを増やし積極的に投資を行っていた企業ほど、生産性や成長余地に関わらず、資金繰りの悪化等で潰れてしまうという結果となる。清算主義者の期待に反して、不良な企業だけが淘汰されるという結果にはならない[10]

このように清算主義は不況による経済の後退やそれに伴う社会不安の増大に対して、有効な解決策を持たなかった。そればかりか、自らの経済思想が引き金を引いて破壊的な官製不況を作り出し社会経済にショックをもたらしたため、後に登場するケインズ経済学によって厳しく批判された[11]

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ “Banging the liquidationist drum”. The Economist. ISSN 0013-0613. https://www.economist.com/free-exchange/2008/11/04/banging-the-liquidationist-drum 2020年11月12日閲覧。 
  2. ^ 「生産性を巡る議論ーD. Atkinson氏の議論の評価ー」ー議員連盟「日本の未来を考える勉強会」ー令和2年10月29日 元内閣官房参与・前駐スイス大使 本田 悦朗氏 - YouTube”. www.youtube.com. 2020年11月12日閲覧。
  3. ^ "アホノミクス"…安倍晋三が日本国民を見捨てたとき コロナ大恐慌を自ら悪化させる気か” (日本語). PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) (2020年5月29日). 2020年11月12日閲覧。
  4. ^ 亡国経済学の系譜” (日本語). REAL-JAPAN.ORG (2012年9月15日). 2020年11月14日閲覧。
  5. ^ Krugman, Paul (2011年4月1日). “Opinion | The Mellon Doctrine (Published 2011)” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2011/04/01/opinion/01krugman.html 2020年11月12日閲覧。 
  6. ^ The Hoover Administration Was "Liquidationist"; Hoover Himself Was Merely Anti-Keynesian”. Grasping Reality by Brad DeLong. 2020年11月12日閲覧。
  7. ^ ESRI Discussion Paper Series No.39 昭和恐慌をめぐる経済政策と政策思想:金解禁論争を中心として|内閣府 経済社会総合研究所”. www.esri.go.jp. 2020年11月12日閲覧。
  8. ^ 評論家 中野剛志:悲劇は繰り返す!忍び寄る「令和恐慌」” (日本語). FACTA ONLINE. 2020年11月12日閲覧。
  9. ^ 上念司『経済で読み解く 大東亜戦争 ~「ジオ・エコノミクス」で日米の開戦動機を解明する~』KKベストセラーズ、2015年1月23日(日本語)。
  10. ^ “[https://www.musha.co.jp/short_comment/detail/86 大恐慌時も今も、好対照の日米対デフレ政策 ~ 安倍リフレ策は実現するか ~]”. 武者リサーチ. 2020年11月13日閲覧。
  11. ^ Krugman on Friedman, Hayek, and Liquidationism” (英語). Alt-M (2013年8月12日). 2020年11月14日閲覧。

参考文献[編集]

  • デヴィッド・スタックラー; サンジェイ・バス、橘明美, 臼井美子訳 『経済政策で人は死ぬか?―公衆衛生学から見た不況対策』 草思社、2020年。(原書 Stuckler, David; Basu, Sanjay (2013), The Body Economic. Why Austerity Kills)
  • ヨーゼフ・シュンペーター、大野一訳 『資本主義・社会主義・民主主義』 日経BPクラシックス、2016年。(原書 Schumpeter, Joseph (1942), Capitalism, Socialism and Democracy, Harper & Brothers)
  • 中野剛志『富国と強兵―地政経済学序説』東洋経済新報社、2016年12月9日。

関連項目[編集]