清野とおる

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清野 とおる
本名 清野 通
生誕 (1980-03-24) 1980年3月24日(38歳)
日本の旗 日本東京都板橋区志村
国籍 日本の旗 日本
職業 漫画家
活動期間 1998年 -
ジャンル エッセイ漫画
不条理漫画
青年漫画
代表作青春ヒヒヒ
ハラハラドキドキ
東京都北区赤羽
公式サイト 清野とおる 公式サイト
『 ブラッドフェスティバル 』
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清野 とおる(せいの とおる、1980年3月24日 - )は、日本漫画家エッセイスト

東京都板橋区志村出身。東京都北区赤羽在住。

成立高等学校在学中に『ヤングマガジン増刊青BUTA』に掲載された『アニキの季節』で1998年にデビューの後、『週刊ヤングジャンプ』にて『青春ヒヒヒ』『ハラハラドキドキ』を連載。単行本化されるも絶版に。

その後、短編やイラストを雑誌に寄稿しながら、ブログで身辺雑記を綴り話題になる。2008年、ブログがBbmfマガジンの編集者の目に留まり、携帯サイト『ケータイまんが王国』にて『東京都北区赤羽』を連載して各種メディアで注目を集める。『漫画アクション』(双葉社)誌上で続編となる『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』を連載。

経歴[編集]

少年時代[編集]

1980年東京都板橋区志村で生まれる。1983年から板橋区の保育園に通っていたが、そこは児童虐待を平然と行う園長と従属する副園長によって支配された「地獄保育園」であったと言う[1]。園児は縄で縛られたり、下半身だけ裸にされ立たされたりした。清野自身もニワトリ小屋に閉じ込められたり、無実の罪を着せられ強制的に土下座させられたりした。それでも、園内の雑用をしていた園長の息子や保母さんは、園児を必死になって守ってくれたという。しかし、園長と対照的に温厚で子供好きだった園長の息子は園長の母と対立した後に園内で変死を遂げる[2]。数多くのトラウマを残した「地獄保育園」は卒園の数年後に派手に潰れ、その後は園長も亡くなるが、葬儀の参列者は興味本位で見に行った同級生の母親含めて2人だけだったという。

1986年、板橋区立志村第四小学校入学[3]。小学二年生の時に近所の神社に虫を捕りに行った際に、木陰から現れた全裸男の射精を目撃する[4]。小学三年生の時にはブリーフしか履いてない変態男と路地で遭遇し、一緒に公園で走り回って遊んだりしていたが、男が公園のすべり台の上で全裸になったため、通行人に目撃され通報され逮捕された。パトカーに男が連れ去られていった光景を清野は今も鮮明に覚えているという[5]

1992年、板橋区立志村第二中学校入学[3]。中学時代は給食で残ったヨーグルトを何を血迷ったのか神としてトイレに祭って、新興宗教「ヨーグルト教」を開祖したことがある。信者は他のクラスにまで拡大し、清野は「教祖」として天狗になっていたが、先生にバレてしまい、「ヨーグルト教」はあっけなく崩壊してしまった。1995年成立高等学校入学。高2の秋には赤羽駅で轢死体を目撃するも、死体よりも死体にショックを受けた乗客の嘔吐物のほうが気持ち悪かったと述べている[6]

漫画家デビュー[編集]

高校時代は『VOW』に投稿しており、「フランス床屋ナポレオン」ネタが『VOW9』(1997年)に掲載(セイノトオル名義)。『VOW23』では「VOWと俺」という自伝的エッセイ漫画を寄稿している。高校在学時の1997年に処女作となる「猿」を『週刊ヤングマガジン』に投稿して月刊奨励賞に入選。その後、1998年に『ヤングマガジン増刊青BUTA』に掲載された「アニキの季節」(清野通名義)で漫画家デビューする。しかし、『ヤングマガジン』ではネームがまったく通らなくなったので、『週刊ヤングジャンプ』に移籍し、多くの読切作品を発表する。大学在学中[7]、同誌にて「青春ヒヒヒ」(2001年・上下巻)、「ハラハラドキドキ」(2002年・全2巻)を連載するも半年で打ち切られる(いずれも絶版)。「連載を失って実家にいるのが、いたたまれなくなった」という理由から実家のある東京都板橋区志村から隣町の東京都北区赤羽に引越し、2003年冬から一人暮らしを始める。この赤羽で出会った人たちや、体験した出来事が、後の清野の創作活動に多大な影響を与えることになる。

集英社との専属契約が2006年に切れ、他社に持ち込みを行うが漫画と人格を否定され続け、清野曰く「ゴミクズ同然の扱い」を受けたという。それでも持ち込みを続け、小学館の編集者に見出されるが、ネームはボツが続き、漫画家を続けていく自信を失ってしまいながらも自分の作風を模索するスランプの時代を送る。清野自身この時期を「漫画の海の中でブクブク溺れているような状態だった」と振り返っている。

その後、『週刊ヤングサンデー』を中心に数多くの不条理ギャグ短編を発表するが、同誌の休刊により無収入状態となる。不本意なアルバイト生活を送りながら『東京都北区赤羽』の原型となる赤羽を舞台にしたエッセイ漫画を出版社に持ち込む。しかし「一般人やホームレスの写真は載せられない」という理由で全てボツになり、本気で漫画家を諦めかけるも、個人ブログに赤羽ネタを連日のように綴り一部で話題になる。

『東京都北区赤羽』連載開始[編集]

2008年秋に、清野のブログがBbmfマガジンの編集者の目に留まり、『ケータイまんが王国』にて、同年12月から『東京都北区赤羽』を連載開始。単行本8冊を刊行。20万部以上を売り上げ、NHKなどさまざまな番組で特集を組まれる。ブックストア談・文教堂赤羽店では、2万部以上を売り上げ、「赤羽では『ONE PIECE』より売れている漫画」として有名だという。作品のヒットに伴い清野もテレビ番組に出演することも増えたが、取材活動に影響を及ぼす(=顔バレ防止)との理由から出演時は鼻から下を覆う巨大なマスクを被っていることが多く(当初は顔全体にモザイク処理がなされていた)、公の場では素顔を晒したことはない。

2012年、『ケータイまんが王国』を運営するBbmfマガジンの出版事業撤退により、『東京都北区赤羽』の連載が終了。2013年4月から双葉社漫画アクションにて続編となる『ウヒョッ!東京都北区赤羽』を連載開始。清野にとって「ハラハラドキドキ」以来10年振りのメジャー誌連載となった。

2015年1月より同作品を題材としたドキュメンタリー風テレビドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』としてテレビドラマ化された。2016年4月から、『その「おこだわり」、俺にもくれよ!!』を題材にしたドラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』が放送された[8]

現在は『モーニング・ツー』(講談社)にて「その『おこだわり』、俺にもくれよ!!」を、『SPA!』(扶桑社)にて「ゴハンスキー」を連載中。

エピソード[編集]

  • 趣味は徘徊・尾行・貸本漫画の収集。
  • 独特の絵柄と作風を持っており、内容は不条理ギャグが多い。不条理漫画のクオリティには定評があり、漫画家の漫☆画太郎は「私は仮性、清野とおるは真性のきちがいです!!!」と激賞している。しかし清野は、「ロクな思い出がないし、もう不条理漫画を描くつもりは無い」と述べている。これは10年間描き続けた不条理漫画が結果的にダメだったことや、編集者からの評価が散々だったためで、以後はエッセイ形式の漫画に完全移行している。
  • 赤羽近辺で活動する女性ホームレス「ペイティさん」と交友があり、会うたびに自作のカセットテープや謎の芸術作品、怪文書、皮膚、女性用靴下、セロテープなどを贈られている。彼女はどこからともなく出没して芸術活動や自作ソングを披露したりするが、歌詞も曲調も奇怪極まりないものに仕上がっている。
  • 同期の押切蓮介とはデビュー当初から親交があり、アルバイト先の友人の部署で働いているパートの友人の友人を通じて知りあった[9]。プライベートで徘徊、音楽、同人活動などを共にする深い付き合いで、よく単行本の帯に推薦文を互いに出し合っている。押切によると、「読者の女性から『付き合っているのですか』としつこくメールが来た」ほどの仲である。押切による「蓮介漫画日記」では、しばしば清野とのエピソードが描かれる。また、清野も自身の漫画で押切との交流によるエピソードを描いている。
  • 漫☆画太郎と交流があり、互いのファンである。画太郎からはたびたびサインやイラストを同封した新刊や生原稿をプレゼントされている。また、『東京都北区赤羽以外の話』で画太郎と出会ったエピソードを描いている[10]
  • 中学時代に1960年代の貸本ホラー漫画に感銘を受ける。特に池川伸治の貸本漫画に熱中する(ファンが興じて会いに行ったエピソードあり)。友人である押切蓮介との初めての会話は徳南晴一郎の貸本漫画『怪談人間時計』の話題であった(押切も清野と同様に貸本ホラー漫画を収集していた)。押切も清野もデビュー当時の作風は貸本ホラー漫画の影響が色濃く見られるシュール不条理な作品が多い。ただし清野自身は心霊の類をまったく信じていない。
  • 少年時代は強迫観念による幻聴に悩まされており、幻聴の命令に従わないと激しい頭痛に襲われたという。「友人を殴る」「水溜りを飲む」「答案を破く」「小学校を脱走する」などトゥレット障害による奇行が多くなり、小学校を早退させられて脳波検査を受けた事を明かしている[11]。漫画家になってからも原因不明の吐き気から抗精神病薬を服用していた時期がある[12]
  • 作中に登場する清野本人は好青年なキャラクターで描かれているが、友人の漫画家・まんきつ曰く、「実際の清野氏は口数も少なく陰惨なオーラを放っている」、「清野氏が輝く瞬間は面白い街人に会った時だけ」、「普段は目もあてられないほど陰鬱な男で、清野氏の描くキャラクターとは対照的」と述べている[13]。なお、そのギャップは本人も承知の上である。
  • Bbmfマガジンの編集者は、清野に仕事を依頼をする前に、清野のブログや過去に描いた漫画の不条理な内容から「清野って奴は頭大丈夫なのか?」と怖がっていたという[14]。この時、友人の押切蓮介松本次郎の仲介を経て連載されたのが『東京都北区赤羽』である。
  • 少年時代に電車内で都市伝説の「三本足のサリーちゃん」に遭遇したエピソードがある。「三本足のサリーちゃん」とは1987年東京都町田市周辺と神奈川県西北部(あるいは横浜市中央林間駅から東京都町田駅周辺)に出没していた謎の怪人であり、「白いアニメの仮面」「金髪のカツラ」「セーラー服」「松葉杖」を身につけて徘徊していたことで知られる。しかし、清野が電車を走り回っていた時に誰も居ない車両で見た「三本足のサリーちゃん」らしき人物は女子高生ではなく、完全に女装したオッサンであったという[15]
  • 2007年ごろ、2ちゃんねるで「このスレは鬼女に監視されています」というアスキーアートに清野の絵が使われ、浸透する一つのきっかけともなった。

作品リスト[編集]

  • アニキの季節 - 『東京都北区赤羽以外の話』に収録。
  • 青春ヒヒヒ(2002年刊行 集英社※絶版)
  • ハラハラドキドキ(2004年刊行 集英社※絶版)
  • 東京都北区赤羽(2009年-2012年刊行 Bbmfマガジン※絶版)
  • ウヒョッ! 東京都北区赤羽双葉社
  • 東京都北区赤羽以外の話(2012年刊行 講談社) - 『ネメシス』で連載された「人間バンザイ!!」の単行本化。
  • ガードレールと少女 清野とおる漫画短変集(彩図社
    • 「ま」(増刊ヤングジャンプ・漫革 2005年8/15号)
    • 廊下を走ろう(週刊ヤングジャンプ 2003年13号)
    • 曲がれない男(増刊ヤングジャンプ・漫革 2006年8/15号)
    • 三日目の大惨事 〜私たちどうなるの?〜(増刊ヤングジャンプ・漫革 2004年6/5号)
    • みんなの桃論(週刊ヤングジャンプ 2004年26号)
    • ロフトの上の人(ビジネスジャンプ増刊・魂 2006年27号)
    • 千絵と遊ぼう(未発表作品)
    • 桜の木の下で(週刊ヤングジャンプ 2002年51号)
    • 私のケサランパサラン(増刊ヤングジャンプ・漫革 2004年11/20号)
    • スキ!スキ!過疎!!(週刊ヤングジャンプ 2003年15号)
    • 山下君は酸性か?(週刊ヤングジャンプ 2003年15号)
    • うんち日和(ビッグコミックスピリッツ増刊・YSスペシャル 2009年2/25号)
    • 富士子(週刊ヤングジャンプ 2005年20号)
    • 社会問題撲滅少女(増刊ヤングジャンプ・漫革 2006年11/15号)
    • ぬり絵少女(未発表作品)
    • ガードレールと少女(週刊ヤングサンデー 2007年8号)
  • 押切と清野の本(講談社)※入手困難
    • ハダカ日和
    • 関根の国
    • おもちゃのギャギャギャ
    • 青春ヒヒヒ パイロット版
    • お通しは通させない
  • 全っっっっっ然知らない街を歩いてみたものの (大洋図書
  • バカ男子(イーストプレス
  • Love & Peace 〜清野とおるのフツウの日々〜(白泉社
  • その「おこだわり」、俺にもくれよ!!(講談社)
  • ゴハンスキー(扶桑社
  • 清野とおるのキ○チ○ガ○イと呼ばないで(日刊サイゾー
  • その他『SPA!』『R25』『テレビブロス』『文藝春秋』など多くの雑誌で挿絵担当

メディア出演[編集]

映像化作品[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 地獄保育園清野のブログ
  2. ^ 集英社刊『青春ヒヒヒ』下巻巻末より。
  3. ^ a b 双葉社刊『ウヒョッ!東京都北区赤羽』第5巻第51話より。
  4. ^ 愛すべき変態②清野のブログ
  5. ^ 愛すべき変態清野のブログ
  6. ^ はじめての死体:清野のブログ
  7. ^ Bbmfマガジン刊『東京都北区赤羽』第1巻第1話より。
  8. ^ “清野とおるの「おこだわり」、松岡茉優主演でドラマ化!監督は松江哲明”. コミックナタリー (株式会社ナターシャ). (2016年2月14日). http://natalie.mu/comic/news/176089 2016年2月14日閲覧。 
  9. ^ 神崎君清野のブログ
  10. ^ 清野とおる『東京都北区赤羽以外の話』(講談社2012年4月
  11. ^ 清野とおる『Love & Peace 〜清野とおるのフツウの日々〜』(白泉社2015年2月
  12. ^ 清野とおる『ウヒョッ! 東京都北区赤羽』(双葉社2013年7月
  13. ^ まんしゅうきつこのオリモノわんだーらんど「ブログを始めたきっかけ」
  14. ^ Diner対談 Vol.4「漫画家になりたかった男と漫画家になった男」
  15. ^ 電車の怪人清野のブログ