渡島海岸鉄道

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渡島海岸鉄道
概要
現況 廃止
起終点 起点:森駅
終点:砂原駅
駅数 10駅(うち停留所5)
運営
開業 1927年12月25日 (1927-12-25)
廃止 1945年1月25日 (1945-1-25)
所有者 渡島海岸鉄道
使用車両 車両の節を参照
路線諸元
路線総延長 9.4 km (5.8 mi)
軌間 1,067 mm (3 ft 6 in)
テンプレートを表示
停車場・施設・接続路線(廃止当時)
凡例
STR
国鉄函館本線
BHF
0.0 森駅
STR+l ABZgr
STR eBHF
- 新川停留所
STR BHF
1.8 東森駅
STRr STR
函館本線駒ヶ岳回り
eBHF
3.1 尾白内駅
HST
尾白内駅
STRc2 xABZg3
STR+1
- 尾白内学校裏停留所
STR exBHF
- 押出停留所
STR exBHF
6.3 掛澗駅
HST exSTR
掛澗駅
STR exBHF
- 東掛澗停留所
STR exBHF
- 度杭崎停留所
STR exKBHFe
9.4 砂原駅
HST
渡島砂原駅
STR
函館本線砂原回り

渡島海岸鉄道(おしまかいがんてつどう)は、かつて北海道茅部郡森町から砂原村(のちの砂原町、現・森町)にかけて存在した鉄道路線及びそれを運営していた鉄道事業者である。

概要[編集]

1925年大正14年)、国鉄函館本線森駅から砂原村への鉄道敷設が出願される。しかし当初は森駅への乗り入れは認められず、東森仮停車場 - 砂原停車場間の8.3kmのみに許可が下りた。それから渡島海岸鉄道が設立され1927年昭和2年)12月25日に開業、蒸気機関車による貨物及び旅客の輸送が開始される。1928年には森駅への乗り入れが認可され、同年9月に工事が完了、森 - 砂原間9.4kmの全線が開通した。

昭和初期は内浦湾一帯から渡島半島東岸にかけてイワシが豊漁のために大変賑わい、それに伴って輸送実績も好調であった。貨客混合の列車が1日4往復し、1936年からは砂原から鹿部町への乗合自動車も運行を始める。しかし第二次世界大戦から軍需輸送の整備が急務となり、急勾配がネックであった軍川駅 - 森駅間を迂回する「砂原線」(函館本線支線)の敷設が計画された。それと並行する渡島海岸鉄道は買収され、1945年1月25日に廃止となる。

買収による廃線であったが丸ごとすべてが国鉄線になったわけではなく、渡島海岸鉄道は尾白内 - 掛澗間からは現在の国道278号とおおよそ同じルートをたどっていたのに対し、国鉄砂原線は北海道駒ヶ岳の裾野を少しずつ登るルートをとった。これは渡島海岸鉄道が森と砂原の集落を結ぶ目的で敷設され、一方の砂原線は上述の通り急勾配の緩和による輸送力増強を目的としていたためである。そういった理由で掛澗駅と砂原駅は函館本線の掛澗駅渡島砂原駅とは別の駅である。また尾白内駅は同一ルート上ではあったものの、函館本線尾白内駅よりも300mほど西(森駅側)にあった。

路線データ[編集]

廃止直前時点

  • 路線距離:9.4km
  • 軌間:1067mm

沿革[編集]

  • 1925年(大正14年):森駅から砂原村へ至る鉄道の敷設が出願
  • 1926年(大正15年)
    • 2月18日:渡島海岸鉄道(発起人総代助川貞二郎)に対し東森 - 砂原間の軌道敷設免許[1][2]
    • 7月1日:渡島海岸鉄道株式会社が設立。社長板谷順助専務助川貞二郎[1]
  • 1927年(昭和2年)12月25日:東森仮停車場 - 砂原間開業[3]。東森・尾白内・掛澗・砂原の各駅を設置
  • 1928年(昭和3年)9月13日:森 - 砂原間全通。同時に東森仮停車場廃止
  • 1929年(昭和4年)6月29日:鉄道延長線敷設免許状下付(茅部郡砂原村-同郡鹿部村間)[4]
  • 1931年(昭和6年)12月23日:鉄道延長線敷設免許状下付(茅部郡鹿部村-同郡臼尻村間)[5]
  • 1933年(昭和8年)9月2日:自動車運輸営業開始(砂原-相泊間)乗客用貨物用各1台[6][7]
  • 1934年(昭和9年)
  • 1936年(昭和11年)7月1日:新川・尾白内学校裏・押出・度杭崎の各停留所を新設
    • 10月30日:鉄道免許取消並びに失効(官報掲載)[8]
  • 1938年(昭和13年)1月:東掛澗停留所を新設
  • 1944年(昭和19年)6月1日北海道における旅客自動車運輸事業統合要綱により、バス事業を函館乗合自動車(現在の函館バス)へ譲渡。
  • 1945年(昭和20年)1月25日:買収により廃止

輸送・収支実績[編集]

年度 乗客(人) 貨物量(トン) 営業収入(円) 営業費(円) 益金(円) その他損金(円) 支払利子(円) 政府補助金(円) 道庁補助金[9](円)
1927 2,439 130 557 1,792 ▲ 1,235
1928 88,076 8,366 26,534 32,655 ▲ 6,121 雑損2,722 23,273 20,573 15,412
1929 89,904 14,572 33,649 44,392 ▲ 10,743 23,337 29,143 24,314
1930 83,789 15,556 33,247 43,353 ▲ 10,106 21,961 29,536 23,628
1931 57,717 17,467 27,572 42,591 ▲ 15,019 雑損719 21,653 28,203 23,770
1932 63,857 20,885 32,609 36,387 ▲ 3,778 雑損44 20,425 25,698 18,794
1933 81,679 30,314 44,993 48,496 ▲ 3,503 雑損264、自動車236 20,525 29,946 13,849
1934 114,809 52,949 68,162 54,284 13,878 雑損527、自動車538 18,224 21,679 14,099
1935 125,405 48,512 65,314 68,036 ▲ 2,722 雑損償却金2,461、自動車929 16,838 31,354 6,125
1936 132,056 45,931 65,453 69,626 ▲ 4,173 雑損2,062、自動車5,198 15,307 29,903 15,574
1937 161,365 46,882 69,885 72,513 ▲ 2,628 雑損215、自動車2,189 13,872 27,682 7,192
1938 149,999 48,119 71,421 66,924 4,497
1939 143,857 40,639 65,328 63,394 1,934
1940 220,171 59,854 89,275 87,161 2,114
1941 260,221 52,190 92,937 84,529 8,408
1942 352,251 42,909 116,419 95,082 21,337
1943 457,348 63,003
  • 鉄道統計資料、鉄道統計各年度版、1938-1942年度は『北海道鉄道百年史 中巻』111頁、国有鉄道陸運統計昭和18年度。1938年度以降の空欄は未調

車両[編集]

開業時に鉄道省から払下げの蒸気機関車2両、岩崎レール商会製の客車2両(総定員96人)、貨車11両(有蓋車5、無蓋車6)が用意され[10]、1936年度にガソリンカー1両が加わり以後廃止まで変化がなかった。

蒸気機関車[編集]

ガソリンカー[編集]

  • キハ101 - 1936年日本車輌製造東京支店製の半鋼製2軸車。森 - 砂原間を蒸気機関車が33-35分かかるのに対し23分で走破した。廃止後釧路臨港鉄道に売却された[11]

客車[編集]

  • ハ1・ハ2 - 1927年岩崎レール商会製の木製2軸車。廃止後ハ1が三菱鉱業大夕張鉄道に売却された[12]。ハ2については、未確認であるが三井鉱山芦別鉄道に譲渡されてフハ4(未入籍のまま廃車)となったものと推定されている。[13]

貨車[編集]

  • ワム1形(ワム1 - ワム3) - 1927年岩崎レール商会製の15t積み有蓋車で、鉄道省ワム3500形の同形車。廃止後は、ワム1・ワム2が西武鉄道に、ワム3が駿豆鉄道に譲渡された。
  • ワブ1形(ワブ1・ワブ2) - 1927年岩崎レール商会製の14t積み有蓋緩急車で、ワム1形に車掌室を設けたもの。新製時はワフ1形(ワフ1・ワフ2)と称したが、1928年9月3日付で改称された。廃止後は、ワブ1が羽幌炭礦鉄道に、ワブ2が三井鉱山芦別鉄道に譲渡された。
  • トム1形(トム1 - トム6) - 1927年岩崎レール商会製の15t積み無蓋車で、5枚側の総あおり戸式である。新製時はト1形(ト1 - ト6)と称したが、1928年9月3日付で改称された。廃止後は、トム1 - トム4が駿豆鉄道に、トム5・トム6が西武鉄道に譲渡された。

駅一覧[編集]

所在地は廃止時点のもの。全駅北海道に所在。前述の通り、尾白内駅・掛澗駅・砂原駅は現在の函館本線にあるものとは別の駅である。

駅名 読み 駅間キロ 営業キロ 接続路線 所在地
森駅 もり - 0.0 国有鉄道:函館本線 茅部郡森町
新川停留所 しんかわ - -  
東森駅 ひがしもり 1.8 1.8  
尾白内駅 おしろない 1.3 3.1  
尾白内学校裏停留所 おしろないがっこううら - -  
押出停留所 おしだし - -   茅部郡砂原村
掛澗駅 かかりま 3.2 6.3  
東掛澗停留所 ひがしかかりま - -  
度杭崎停留所 どくいざき - -  
砂原駅 さわら 3.1 9.4  

脚注[編集]

  1. ^ a b 『帝国鉄道年鑑』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  2. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1926年2月20日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 『鉄道統計資料 昭和2年』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  4. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1929年7月5日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  5. ^ 「鉄道免許状下付」『官報』1932年1月7日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  6. ^ No.4「昭和八年下半期営業報告」40頁『第一門・監督・二、地方鉄道・ロ、営業・渡島海岸鉄道・巻二・昭和七年~昭和十年』(国立公文書館デジタルアーカイブ で画像閲覧可)
  7. ^ 『全国乗合自動車総覧』(国立国会図書館デジタルコレクション)
  8. ^ 「鉄道免許取消並失効」『官報』1936年10月30日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  9. ^ 北海道拓殖鉄道補助に関する法律を参照
  10. ^ No19「東森砂原間運輸営業開始ノ件」7頁『第一門・監督・二、地方鉄道・渡島海岸鉄道・大正十五年~昭和六年』(国立公文書館デジタルアーカイブ で画像閲覧可)
  11. ^ 湯口徹『内燃動車発達史 上巻』ネコ・パブリッシング、2004年、23頁
  12. ^ 奥山道紀・赤城英明『三菱鉱業大夕張鉄道』ネコ・パブリッシング、2003年、43頁
  13. ^ 澤内一晃・星良助『北海道の私鉄車両』171頁 2016年 北海道新聞社刊 ISBN 978-4-89453-814-6

参考文献[編集]

  • 『砂原町史』。
  • 『北海道鉄道百年史』。
  • 『函館バス20年史』。
  • 今尾恵介(監修)『日本鉄道旅行地図帳 - 全線・全駅・全廃線』1 北海道、新潮社、2008年。ISBN 978-4-10-790019-7。